第五話 好きになっても

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第五話 好きになっても

『おーい、まだ起きてるのか、不良娘』  いつもの時間、いつもの通知音。  にやける顔を必死におさえ、私はスマホ片手にベッドに潜り込む。  ここはある意味安全地帯。  もし急に母が入って来たとしても、バレはしないから。 『不良娘じゃありません。もぅ。裕さんこそ仕事終わったのー?』 『いや、まだだ』 『もう22時だよ?』 『まぁ、てっぺん過ぎには帰れるさ』  ココの中で誰よりも仲の良い彼。  きっかけは、同じ雑談のグループへの所属だった。  誰にでも気さくで、いつもグループの中心にいた彼に私はすぐに惹かれた。  顔も見えない、声も知らない……あるのは架空の名前だけ。  それでも、どんなにうまく演じていても長い時間を過ごせば皆地が出て来る。  優しかったと思っていた人が、ただのナルシストだったり。  いいなと思った人が、ただの出会い厨だったりと。  でも裕さんだけは違った。 『今日はなにもなかったか? ちゃんと飯食べたか?』 『何にもなかったょ、ありがとう。それにご飯って、子どもじゃないんだから』 『まな。ソレならいいんだ。じゃ、まだ忙しいからまたあとでな。っていうか、ちゃんと寝れるなら寝とけよ』 『はいはい。ありがと。裕さん、お仕事頑張ってね』 『おうょ』  ほんの五分程度の短い会話。  まだ仕事中だと言うのに、私が心配するといけないと思って顔を出してくれる彼。  マメだなと思いつつも、ただそれだけのことで心が満たされる。  自分だけを見て、自分だけを心配してくれている。  そう頭ではこれが、リアルではないと分かっていた。  好きになっても、本当はどうしようもないことも。  だって私は彼のコトを何も知らないのだから。
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