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「おめでとう! 今日はがんばったねえ」
「……本当にそう思う?」
「すごい、偉い、誇らしい」
僕達は建設中のビルの隙間から漏れる夕陽を浴びながら、陸上競技大会の帰り道を歩いていた。彼女に大会に参加すると言ったら、わざわざ応援に来てくれた。
雑貨屋でたまたま知り合った女子高生。友人への誕生日プレゼントを探していたところ、ボードゲームを薦めてくれた。カードゲームとか競技玩具が大好きで、僕が知らなかった世界を色々教えてくれた。
もし走幅跳競技で優勝できたら、今日こそ彼女にあの言葉を告げようと思っていた。
僕は頑張ったつもりだ。しかし結果は準優勝、トップとの差はわずか五センチメートル。この数センチの差が、僕の心に潜む『勇気』のカードを裏返しにしていた。
何をやっても一番になったことがない、趣味の競技ポーカー公式戦でも決勝戦敗退。これが最後だ。彼女の一番にもなれなかったら、僕の人生は終わったようなものだ。
「葉子さん、今日は応援に来てくれて、ありがとう。でも……優勝はできなかった」
「そんなことないよ、準優勝ってすごいことだよ。城下くんの跳んでいる姿、かっこよかったよ」
白い息を吐きながら向けてくれた彼女の笑顔が、僕の胸を熱くする。血の上った坊主頭を掻きむしりながら、僕は『決意』のカードを彼女に差し出すことにした。
「あ、あのさ」
「なあに?」
『工事中・危険』の黄色い看板が貼られた安全フェンスの前で立ち止まった。
カーンカーンという工事現場の音が、夕暮れの曇り空にこだまする。
シトシトとした冷たい汗が脇からしたたる。
だめだ、言えない。肝心なときにいつも弱気になる。
フェンスに落書きされたピエロの絵に、視線が泳ぐ。
「この後さ、どこかカフェで……」
ガラン――と上のほうで音がした。
はっとして見上げると、クレーンに吊るされていた鉄骨が落ちてくるのが見えた。
鉄骨の黒い影が、みるみるうちに僕達に覆い被さってくる。
その瞬間はまるでコマ送りのパラパラ漫画みたいで、シャッフルしているカードが迫ってくるかのような錯覚に陥った。
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