右手のいいぶん

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 右手が走り出した。  これは決して比喩ではない。 朝起きたら「もう疲れました。これ以上いっしょにいることはできません」と右手が書置きしている最中だった。 「なにやってんだ」と声をかけた。中指がぴくっとしたかと思うと、僕の右手は脱兎のごとく逃げ出したのだ。  待てえ、と叫んで外に出ようとしたものの、なにせ僕の右手はたった今不在になってしまったので、勝手が違う。ドアノブをつかもうとして空を切り、よろけてしまい、さらには反射的に、今はなき右手で手をつこうとしたもんだから、僕は派手に玄関ドアに鼻をぶつけてしまった。  なんとか立ち上がり、左手でドアをあけよう思ったら、手がクロスになり、なんとも開けにくい。これが左利きの苦労か! と気がつかないうちに自分がマジョリティの恩恵をうけていることに気づいた。  それは自分としてはとても深い気づきではあるのだけれど、今はそんなこと考えてる場合ではない。なにせ僕の右手が走りだしてしまったんだから。
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