第1章 初恋

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第1章 初恋

「いつから僕のことが好きだった?」  タケルはベッドに横たわったまま、僕を見上げて言った。  くちびるは右側の口角を持ち上げて、自信に満ちた微笑を浮かべている。  あの頃と同じだ──僕は思うと、嬉しさと憎たらしさ、相反するふたつの感情に襲われた。  嬉しいのは、あれから長い月日を経て、僕たちを取り巻く色々なことが変わったのに、タケルの中に以前と変わらない部分を見つけたこと。  憎たらしいのは、彼は僕の想いを知っていて、決して僕が裏切ることはないと確信した上で、僕を困らせようとしていることがわかるからだ。 「何故そんなことを聞くの?」  僕は身構えた。 「答えてよ、いつごろ僕を好きになったの?」と、タケル。 「わからないよ」  それは嘘ではなかった。  気づいた時には、もう好きになっていた。 「何故わからないの? 自分のことなのに?」 「自分のことだからさ。自分のことって意外にわかってないと思う」  タケルは何も言い返さず、続きを待つように僕を見た。  僕は警戒を解いて素に戻ると、再び口を開く。 「無意識の領域で認めたくないとか、こうあってほしいみたいな欲求があると、それが認知に影響するから」 「なんだか、心理学みたいなことを言うようになったんだね」 「きみも、心理学みたいだなんて言うようになったんだ?」  タケルと僕は目を見合わせ、そして笑った。  おたがい、あえて語らないだけで、遠く別々の道を旅して、ずいぶん多くのことを経験をしたのだろうと思った。  彼と再会し、こうして昔みたいにどちらかのベッドの中で話をしたり、じゃれあったり出来るのは、純粋に嬉しい。  しかし、もう遅すぎるのではないかと焦りがあるのも事実で、この千束(せんぞく)のマンションにいること自体が、タイムリミットを仄めかしていた。  今、僕は十九歳で、十月がくれば二十歳になる。  親につけてもらった名前はないが、スグルと呼ばれている。  誰が名付けてくれたのか。  なぜ「スグル」なのか。  子供の頃からずっと、漠然とながら機会があれば知りたいと思っていたが、最近、その思いを強くしている。  それは、僕が一度はホームに行きたいと願う理由のひとつである。
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