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ある日の妊婦健診でのエコーの画像を見て、彼女は卒倒した。
お腹の中の子には、足が4本生えていたのだ。
付き添う僕は喜んだ。胎児の姿が、あの日、絵描きが僕らのアパートで描いてくれた絵そのものだったからだ。
憔悴した彼女とタクシーで家まで帰り、僕は彼女を励ましつづけた。人の持っていないものを備えて生まれるなんて、これは素晴らしいギフトなんだと繰り返しながら。
彼女は少しでも気を紛らわせようと、テレビを点けた。今年ももう年末、テレビ番組はどれもさかんにこの一年を振り返っている。
80歳を超えてもなお引退を拒む政治家、国民の借金問題に介入してNYに移住した皇族……
そんな世間を騒がせた人たちの顔を見ながら、ふと彼女はあの絵描きの顔を連想した。
どこかやはり、似ているような気がする。増えすぎた足と、一般人にはない特権……
すると突然、インターホンが鳴った。
「すみませんテレビ南東京の者です。4本足の赤ん坊の件、取材させてください」
扉を開けた僕の目に、大勢の人だかりが飛び込んできた。
どこで聞きつけたのか、カメラとマイクを携えたテレビ局の人々。
その脇では、「すべての人権と多様性を尊重せよ」と書いたタスキをかけた人が数人、生暖かい笑顔をこちらに向けている。
さらにその奥には、野次馬も大勢いるようだ。
騒がしい人々の声が玄関から聞こえ、彼女はアパートの中で身を隠すようにうずくまった。
そしてそのお腹の中では、胎児がその4本足をさかんに動かし始めていた。
まるで、大昔の中国の荒野を走り出すように。
そしてあたかも、現代もその時代から大して進歩していないことを、予め知っているかのように……
(完)
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