蛇足奇譚

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 絵描きは、僕のような人を探していると言った。  とにかく、無いはずの足を描きたいのだと。そうして、人の役に立つのが自分の生きがいなのだと。  そんな立派な心掛けも、僕を大いに感動させた。  そういう訳で僕は早速、同じ病院で知り合いになった、僕と同じように車椅子生活を強いられている人々を絵描きに紹介した。  彼はそんな人たちの絵を描いた。もちろん、失ったはずの足を加えて。  彼らはたちどころにその両足を取り戻した。喜びのあまり、誰もが涙した。  その中の一人は、絵描きのことを神だと言った。僕はその横で、誇らしげに頷いた。                ―――――  こうして僕と絵描きは、口づてに色々な人と出会った。  絵描きは絵を描き、不具の人々の足を生やし続けた。  特に対価は要求しなかったが、どうしても受け取ってほしいと、高額な礼金をくれる人も時にはいた。  僕らはお金には執着しなかったが、もらえる時にはありがたくもらっておいた。  そんなある日、絵描きは僕に言った。  これまで得てきた報酬はもうかなりの額になっている。これを使って海外へ行ってくると。そして日本でのこれまでの活動を海外にも広めてゆくと。  僕はというと、会社での仕事があるので彼と一緒には行かず、しばらくの間日本で彼の帰りを待つことにした。                ―――――  海外にいる絵描きからは、しばしば絵葉書が届いた。  ある時は、アメリカからだった。戦争で足を失くした退役軍人の足を回復させてあげたのだという。絵葉書に印刷された彼は、大柄なアメリカ人男性と一緒ににこやかにサムズアップをしていた。  またある時は、インドからだった。  今度は、生まれつき障がい者のある子供の物乞いの足を回復させてあげたらしい。するとその親にひどく文句をつけられたのだとか。  道行く人の同情を惹く要素が奪われたということらしいが、絵描き曰く、そんな歪んだ理論は受け入れられないとのことだ。僕もまったく同感だった。  さらにまたある時は、絵描きは見知らぬ島にいた。人間の男と結ばれるために人間になりたいという人魚姫と出会い、彼女に足を生やしてあげたらしい。  ただし上半身は人間、下半身は魚の状態のまま、無理やり人の両足をつけ足したようだ。絵葉書の写真の中でその人魚姫の下半身は、足のおかげで地上へと上がった後も、てらてらと生臭さを感じさせるような光を放っている。  そんな人魚姫の恋は結局実らなかったらしいが、僕にはどうしてだかよく分からなかった。むしろ、人魚姫の恋心を受け入れない男に僕は腹が立った。                ―――――  その後しばらく、絵描きからは何の連絡もなかった。僕は少し心配しつつも、まああの絵描きのこと、きっと上手くやっているのだろうと漠然と思っていた。  そんな折、僕は数か月前につきあい始めた彼女と同棲を始めた。  車椅子の男にとって、恋愛はやはり健常者よりハードルが高いということは認めざるを得ない。素敵な彼女が見つかったのも、絵描きに足を回復してもらったおかげだ。  まったく、彼には頭が上がらない。  ある日、アパートでテレビを見ていた彼女が突然悲鳴を上げた。
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