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1.夢もよう
深く、静かに、沈み込む。
ゆっくり目を開けると正面に、やわらかな太陽のりんかくが漂っているのは見えたけれど、飛び込む時に乗り越えたガードレールは、もう見えない。
海水に浸るTシャツやハーフパンツからはたくさんの泡が立ち昇り、首すじからあご、頬をかすめつつ太陽に吸い込まれてゆくせいで、笑いをこらえるのが大変だった。
でも僕は、こうして海の中に寝転がって、腕も膝下も胴体も、履きつぶしたスニーカーさえも自由のきかなくなっている今が、不快じゃなかった。
息が続くのなら、何時間でもここで過ごしたかった。いっそのこと海と同化して、一体になって、いつまでも人影が横切るのを待ちたかった。現実は一分も潜っていられないから、ここ数年の夏は同じ場所で、朝日が昇る度、誰にも知らせずに同じことを繰り返している。
偶然の出会いは十年前。今いる海の中で、ひとりの人魚に命を救われた僕は、再会を信じ続けたままいよいよ高校二年生になった。
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