二章 恋人役のお仕事

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 家に入ると、ジュニーとトビンが玄関に立っていた。ジュニーの手にはホウキ。トビンは頭に鍋を被って、すりこぎ棒を握っている。  格好のおかしさに笑いかけた。けれどトビンの泣き声に、笑みが引っ込む。 「お姉ちゃあーーーんっ!! うわ〜ん」 「お姉ちゃんが絶対に外に出ないように言ったから、ひくっ、約束を守って家にいたけど、お姉ちゃんがさらわれたらどうしようって、怖かった。あいつらがお姉ちゃんをいじめたら、助けに行くって決めて……ひくっ、あ〜ん!!」  大粒の涙を流し、大声をあげて泣く、トビンとジュニー。  小さな体でわたしを守ってくれようとした二人。ホウキとすりこぎ棒では、あいつらに勝てるわけないのに、わたしを助けるために知恵を絞り、勇気をだそうとしてくれた。その健気さに泣けてしまう。  二人を守るために、わたしが我慢すればいいと思っていた。ひどい勘違いをしていた。わたしが我慢すればするほど、二人を悲しませてしまうことに気づく。  ジュニーとトビンを抱きしめ、わたしたちは声の限りに泣いた。  わたしの頭に、大きな手が戸惑いがちに置かれる。  その手はすぐに離れたのだけれど、王子のやさしさが伝わってきて、心がじんわりと温かくなった。  アルオニア王子は家に上がると、ジュニーとトビンに本を読んでくれた。  家庭環境がいいとは決して言えないのだけれど、ジュニーもトビンも素直に育ってくれている。二人の無邪気さに、緊張気味だった王子の表情が緩んでいく。  ジュニーが何気なく「本当は学校に行きたいんだけど……」とつぶやいた。王子は考えた顔をした末に、「うちに来ればいい。勉強を教えてあげるよ」と笑顔をこぼした。 「本当にいいの⁉︎」 「もちろん」 「ボクもボクも!!」 「ああ、トビンもおいで」  アルオニア王子には大学の勉強があるのに、迷惑はかけられません! と遠慮するわたしに、王子は首を横に振った。 「迷惑じゃない。それに、仮初の恋人役でも恋人には違いないのだから、思う存分にそれを利用すればいい」  恋人、という単語にドキッとする。けれどすぐに、仕事上の契約だから甘い意味合いは一切ない! と自分に言い聞かせる。    クールで無表情で、素っ気なかった王子。何を考えているのか全然分からなくて、近寄りがたかった。  けれど会うたびに、王子の表情が和らいできている。笑顔と優しさを見せてくれる彼に、わたしはひとりごとをこぼす。 「恋人役の仕事に不安しかなかったけれど……楽しい。仕事なのに楽しいなんて、変だけど……」    夕方になり、わたしたちは王子を見送った。  王子が乗った馬車が通りの角を曲がり、家に戻ろうと踵を返したとき——肌がざわっと粟立った。  周囲を見回す。夕方の薄暗さの中では、通りを行き交う人々の顔がはっきりとは識別できない。 「お姉ちゃん、どうしたの?」 「視線を感じたような気がしたのだけれど……」  ジュニーとトビンを心配させないために、「なんでもない」と笑うと、家に帰った。  
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