二章 恋人役のお仕事

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 恋人役のプロとして、最後まで仕事をやり遂げる。そう、自分に宣言をした五日後——。  ヴェサリス執事から、新たなる恋愛マニュアルを与えられた。 【恋愛マニュアルその三。アルオニア様とデート。更に距離をちぢめちゃおう💗】 「これって……マニュアルっていうか、単なる指示なんじゃ……」  わたしのぼやきに、オルランジェは明るい笑い声をあげた。 「うふふっ、そうなの? 気がつかなかったわ。でもねリルエちゃん、大丈夫よ。最近のアル様、物思いに耽っていることが多いの。リルエちゃんのことを考えているに違いないわ」 「なにが大丈夫なのか、わからないのですが……」 「お忍びデートだから、目立たないよう護衛の人数は最小限にしたい。そういうわけで、観劇がいいんじゃないかと思うんだ。リルエちゃんは劇に興味がある?」  マッコンエルに質問され、わたしは「ま、まぁ、興味がないわけではないです……」と曖昧な返答をした。  劇なんて一度も見たことがない。 「よしっ、観劇デートで決まり!! 護衛は俺に任せて。離れたところからしっかり見張っている。誰にもデートを邪魔させない!」 「ええと……いつ、デートをするのですか?」 「二人で相談して、都合の合う日を決めなよ」  マッコンエがさらりと放った発言に、わたしは悲鳴をあげた。 「わ、わたしがアルオニア様と相談して決めるのですか⁉︎」 「だって、彼氏と彼女だろう? デートする日を決めるのは自然なことだよ」 「うふふ、第三者が口を挟むのは野暮ってものよ。デートの相談をするなんて、遠い昔を思いだすわぁ。リルエちゃん、頑張ってねぇ」  黙って見ているヴェサリスに、助けの目を向ける。するとヴェリサスは、朗らかな笑みを浮かべた。 「アルオニア様にはデートのことは話しておりません。ぜひ、リルエさんの方からデートにお誘いください。その方が、アルオニア様が喜ばれるでしょう」  三人揃って、放任主義なんだから!!  わたしには恋愛経験もなければ、言葉巧みに誘う技術もない。それなのに、アルオニア王子をデートに誘うなんてハードルが高すぎる!  ◆◆◆  王子の部屋に向かう足取りが重い。 「アルオニア王子が見かけほど冷たい人ではないって、わかっている。でも、だからってデートに誘うなんて……。どんな反応をするのか、考えると怖いよ」  不安が鎌首をもたげて、嫌な想像をかきたてる。  たとえば、「彼女ヅラされても、困る。ただの契約なんだから、本気にしないでよ」と鼻で笑われたり。  または「君とデート? つまらなそう。行きたくない」ときっぱりと拒絶されたり。  胃の辺りがキュッとして、足取りが自然と重くなる。  それでもわたしは、ドアの前で時間を浪費することなく、すんなりとノックすることができた。  開いたドアから、ジュニーとトビンの元気な声が飛び込んでくる。  アルオニア王子が我が家に来た日。ジュニーとトビンに勉強を教えると言ってくれたが、それはその場限りの口約束ではなかった。王子は二人を屋敷に招いて、文字の読み書きから教えてくれている。  わたしの姿を認めたジュニーとトビンが駆け寄ってきた。 「あたしたちね、勉強頑張っているよ!」 「お兄ちゃん、教えるのがすごく上手だよ!」 「お兄ちゃんって……その呼び方はちょっと……」  相手は、大国エルニシアの第二王子なのだ。気軽に、お兄ちゃんと呼んでいい存在ではない。  呼び方を改めるようトビンに注意すると、王子がやんわりと口を挟んだ。 「いいんだ。僕が、そう呼ばれたい。ジュニー、トビン。お兄ちゃんって呼んでいいよ」 「本当に? でもお姉ちゃんは、アルオニア様って呼べって……」 「僕には兄が一人いる。けれど、本当は妹と弟が欲しかった。お兄ちゃんって呼ばれてみたいって、ずっと思っていた。その夢を、ジュニーとトビンが叶えてくれる?」  二人は声を揃えて、「お兄ちゃん!」と呼んだ。その笑顔はキラキラしていて、王子を心から慕っているのが伝わってくる。  わたしは王子の好意に甘えることにして、礼を述べたのだった。
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