二章 恋人役のお仕事

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 その後ジュニーとトビンは、一足先に食堂に向かった。  机の片付けをしている王子の背中に、詫びを入れる。 「夕食まで用意してくださって、すみません。迷惑をおかけして、申し訳ないです」 「別に僕が夕食を作るわけじゃない。なにも迷惑ではない」  片付けが終わって、部屋から出ようとする王子。デートに誘うのは今しかないと、わたしはなけなしの勇気を振り絞った。   「あ、ああああ、あああのあの、わたしと、おおおお、おでかけしませんか⁉︎」  緊張しすぎ。吃りすぎ。声が裏返りすぎ。  変な汗をかいているわたしを、王子はポカンとした顔で見つめ、それから大笑いした。 「リルエ、どうしたの? 僕と、どこに出かけたいって?」 「あ、えぇと、ば、ばしょなんですけれど、観劇はどうでしょう⁉︎」 「観劇?」 「はいっ! つまりこれって、その……デートのお誘いですっ!!」  野となれ山となれの気分。わたしはデートに誘ったのだから、王子が断ったのはわたしの責任ではありません。という、ヴェサリスたちへの言い訳が頭をよぎる。 「あ、あの、嫌なら、断ってもらってかまいません。わたしとデートしても楽しくないと思いますし……」 「今週末でいい? 公務がないから、一日中空いている」 「え、嘘……。あ、でも、一日中じゃなくても、少しの時間でもかまわないのですが……」  王子はクスクスと笑った。 「観劇は少しの時間じゃ終わらないよ。それにせっかくのデートなのだから、時間を気にしたくない」 「そ、そうですよね!」  断られるものだと思っていたのに、まさかの承諾。おまけに、一日空けてくれるなんて!  どうしよう。頬がにやけてしまって、元に戻らない。「ふふっ」と喜びの笑いがこぼれてしまう。  王子は驚いた顔をした。 「僕とデートをするのが、そんなに嬉しい?」 「はい! わたし、デートをしたことがないんです。初めてのことなので、すごくドキドキします」  同年代の子たちがデートをする様を横目で見ては、羨ましく思い、でもわたしを好きになってくれる人なんていないと自分を貶めて、気持ちに蓋をした。  その蓋を開けて素直になってみたというのに、王子は微妙な表情をした。 「デートのことを聞いたんじゃなくて、僕とデートをするのが嬉しいのか、聞いたんだけど……」 「あ、ごめんなさい! すごく、すっごく嬉しいです。嬉しすぎて、今夜は眠れそうにないです」  デートへの憧れが、気持ちを舞いあがらせている。普段のわたしだったら、ここまで素直な気持ちを口にはできなかっただろう。  王子は目尻を下げた。 「僕も、楽しみだ。——嫌なことを思い出させるようで気が引けるのだが……だが、大切なことだから話しておきたい」  話題が変わったためなのか、王子は低い声をだした。 「先日。借金の取立て屋がいる場にたまたま遭遇したから、助けてあげられた。だが、もしマッコンエルが道を間違えなかったら……。もし、時間がずれていたら……。そう考えると、ゾッとする。あの男たちは、女性たちを売り物にして荒稼ぎをしていた。リルエもそうなっていたかもしれないと考えると……」  王子はためらいの色を見せ、続く言葉を飲み込んだ。 「どんなに些細なことでもいい。困ったことがあれば言ってほしい。頼ってほしい。僕に話しずらいことなら、ヴェサリスでもオルランジェでもいい。一人で抱え込まないでくれ。君になにかあったら……」  王子は吐息混じりに、「嫌なんだ……」とつぶやいた。  わたしは頷いてみせたものの、喜びよりも困惑のほうが大きかった。  頼ることには、抵抗がある。  病気で床に伏せることの多かった父の世話をし、働き通しだった母のために家事をした。父が亡くなった後は、恋人ができて変わってしまった母の代わりに弟妹の面倒をみた。  そうやって、生きてきた。  頼り方がわからない。自分の問題を他人に打ち明けるなんて、迷惑ではないのかと身構えてしまう。  それになにより、母のように恋人なしではいられない人になりたくない。  
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