二章 恋人役のお仕事

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「わたし、なの……?」    鏡に映っていたのは、お姫様のように美しい女性。  ピンク色をした頬。お人形のようにぱっちりとした目。ふっくらと赤く色づいた唇。華やかに編み込まれた髪。  海の色をしたドレスは、シルエットが極上に美しい。動くたびに、スカートと袖に使われているレースの重なりが、ふわりふわりと揺れる。  わたしはすっかり鏡の中の女性に見惚れてしまって、しばし眺め続けた。それから、美しい女性は自分なのだと気づいて、恥ずかしくなる。  ——まさか、自分を綺麗だと思う日が来るとは、思わなかった……。 「綺麗になる魔法って、すごいです! お二人のおかげです。ありがとうございます!!」 「あらあら。リルエちゃんってば、思い違いをしているようね。綺麗になる魔法は、誰にでもかかるわけじゃないのよ」 「どういう意味ですか?」  オルランジェは、待ってましたとばかりにウインクをした。 「綺麗になる魔法は、恋する女の子にかかるものなの」 「こ、こここ、こ、恋っ⁉︎」  オルランジェが口元に手を当てて、「おほほ」と笑っている。  ジュリアが化粧道具を片付けながら、「オルランジェは、リルエさんが王子に恋をしているって言いたくて、前々からうずうずしていたんですよ」と教えてくれた。 「そんなっ⁉ 違います! 絶対にないですから!! 仕事で彼女役をしているだけで、恋とか、そんな……」 「意識しちゃった? うふふ、リルエちゃんって真面目だから、アル様を好きにならないよう気持ちにセーブをするんじゃないかと思って。だからあえて、言ってみました。私は恋の魔法使いオルランジェ。リルエちゃんに、恋する魔法をかけちゃいました!」 「もぉ、オルランジェさんったら!!」  オルランジェは母より年上なのに少女のような心を持っていて、わたしが怒って頬をふくらませても、どこ吹く風。楽しそうに笑っている。  オルランジェは、わたしの肩に両手を置いた。 「身支度が完了したわ。アル様に見てもらいましょう。どんな反応をするか楽しみね!」 「ちょっと、怖いです……」 「怖い?」 「似合わないって言われたらどうしよう……」 「絶対にないから! さ、行きましょう」  アルオニア王子が「似合わない」だなんて、真っ向から否定発言をする人だとは思っていない。王子が素っ気ない態度をとるのは人と関わるのが嫌なだけで、本当は心のやさしい人だとわかっている。  不安は、わたしの心が生み出したもの。  もう一度鏡の中の自分の姿を確かめてから、王子の待つエントランスへと向かった。    広いエントランスには、王子と使用人たちがいた。談笑しているところに入っていくのは気が引けて、離れた場所から眺めていると、気配に気づいた王子がこちらに顔を向けた。  綺麗なアメシスト色の瞳が、驚きで見開かれる。  わたしも固まってしまった。  王子は首回りにフリルのあるキャバリアブラウスと、ジェストコール。ロングブーツを履いている。  普段着でさえ王子らしい気品さが漂っているのに、貴族の正装姿はさらに品が良く、かっこいい。  キャバリアブラウスに留めてあるブローチが目に入り、息を呑む。  透明な海のように澄んだ水色のブローチ。わたしのドレスと——同じ色。  オルランジェとジュリアは王子のブローチの色に合わせて、ドレスを選んだのだ。  お揃いであることに、頬が熱くなる。  コツコツと高質な音を響かせて、王子が近づいてくる。使用人らは口を閉ざした。 「リルエ」  王子はわたしのことを、「君」と呼んでいたはず。それなのにいつの間に、名前を呼ぶようになったのだろう。王子の心に他の誰でもない、リルエ・ルイーニという人物が刻まれているようで、胸が苦しいほどに高鳴る。  靴音が止んだ。  わたしの目の前で立ち止まった人の顔を見ることができずに、うつむいていると、戸惑いがちな声が降ってきた。 「リルエ、綺麗だ。あまりにも美しくて、驚いた」 「オルランジェさんとジュリアさんが綺麗にしてくださった、そのおかげです。二人が、綺麗になる魔法をかけてくれたんです」 「魔法の力だけじゃないと思うけど……。姫、僕とデートしてもらえますか?」  王子がおどけたように言ったので、おかしくなってしまった。  クスクス笑っていると、王子は手を自分のお腹の上に置いた。背後にいるオルランジェに「アル様の腕を取って!」と急かされる。  オルランジェの勢いに押されるがままに、王子の腕に急いで手を添える。それから、これってエスコートなのでは? と思い当たって、頭から湯気がでそうになる。  本物のお姫様になったかのような高揚感に包まれながら、屋敷を出発した。  これからデートが、はじまる——。  
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