三章 恋人役のレッスン

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 誕生日パーティー当日。  わたしとジュニーとトビンはお昼過ぎに屋敷に到着すると、花屋から運ばれてきた生花をテーブルに飾り、マッコンエルが膨らませてくれた風船に紐をつけて浮かせ、『誕生日おめでとうございます』と書いてあるガーランドを壁に飾った。  飾りつけが完成し、ジュニーとトビンがアルオニア王子を呼んでくる。  賑やかになった居間に足を踏み入れた王子は、感嘆の声をあげた。 「これはすごい! 君たちが、飾りつけをしてくれたの?」 「そうだよ! あとね、プレゼントがあるんだ!!」  ジュニーは、手作りのクマのマスコット人形を。トビンは、色とりどりの花が咲いている庭の水彩画を。そしてわたしはマフィンをプレゼントした。  マッコンエルには、三十五個ほどマフィンを食べてもらった。チョコ、さつまいも、カボチャ、バナナ、ブルーベリーといった材料を練り込んだもの。おかずマフィンといって、ウインナーやチーズ、ほうれん草などを入れたもの。さらには、おしゃれマフィンといって、チョコや生クリーム、フルーツをトッピングしたマフィンも作った。  その結果、ナッツを入れたうさぎマフィンをプレゼントすることに決めた。うさぎマフィンとは、チョコペンでうさぎの顔を描いて、棒状のクッキーを二本刺してうさぎの耳に見立てたもの。    王子は、透明なラッピング袋に入っているうさぎマフィンをまじまじと見ている。  うさぎマフィンが子供っぽい贈り物に思えて、不安になる。大人っぽく、ビターチョコマフィンにすれば良かったと後悔していると、王子は瞳を和らげた。 「この一週間。大学から帰ってくると、いつも屋敷中が甘い匂いに包まれていた。原因はリルエ? 僕のために、お菓子作りの練習をしていたの?」 「はい。張り切りすぎてしまいました」 「嬉しいよ。ありがとう」 「子供っぽくてすみません」 「どうして謝るの? このうさぎ、リルエに似ていて可愛いよ」  可愛いと言われて、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。  王子は「食べるのがもったいないけれど……」と前置きしたうえで、マフィンを頬張った。 「今まで食べた中で、一番おいしい」  そう言って、目尻を下げたやさしい顔で笑ってくれた。    ◆◆◆  アルオニア王子は、屋敷の者だけで誕生日パーティーを行うと話していた。それなのに、見知らぬ女性がいる。  屋敷の関係者……というには、彼女は異質だった。  年齢は六十代ぐらい。縁のない眼鏡をかけており、背中に定規でも入っているかのように姿勢がいい。厳格な教師といった、近寄り難い雰囲気を漂わせていている。  使用人の誰も、彼女に話しかけない。陽気なマッコンエルも、話好きなオルランジェさえ、彼女に声をかけない。  不思議に思ってヴェサリスに尋ねると、アルオニア王子の教育係であり、名前はグレースだと教えてくれた。 「やっぱり……。厳格な先生って感じですものね」 「そうです。とても厳しい人です。リルエさんも気をつけてください。粗相をしたら、グレース先生に説教をされてしまいますよ」  わたしは夕食の席に着くと、背筋をピンと伸ばした。    
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