三章 恋人役のレッスン

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 誕生日パーティーの翌日。  ヴェサリスに呼ばれて、応接室に入った。部屋には、アルオニア王子と、教育係のグレースがいる。  最初に口を開いたのは、ヴェサリスだった。 「一ヶ月後にパートナー同伴の社交会があり、アルオニア様が出席なさいます。同伴を、リルエさんにお願いしたいと考えております」 「社交会ですか⁉︎ 無理です!!」 「そう思いまして、本国からグレース先生をお呼びしたのです。とても腕のいい先生で、リルエさんを立派な淑女にしてくださいます」  グレースは、アルオニア王子の教育係。王子の誕生日祝いに駆けつけたのかと思っていたら、まさか、わたしの教育のためだったなんて!  王子はどう思っているのか探る目線を送ると、王子は気まずそうにうつむいた。 「すまない……」 「アルオニアのパートナーとして相応しいか、昨日見させてもらいました」  グレースの発する凛とした厳しい声に、身をすくめる。  誕生日パーティーの席で、グレースに見られている気はしていた。試験官のような鋭い視線に居心地の悪さを感じていたけれど、王子のパートナーにふわさしいか。試験を受けていたらしい。  「率直に言います。食事の仕方、立ち振る舞い、笑顔、言葉遣い、マナー、ダンス。すべてにおいて、最低です。自信のなさが表れている。誰が見ても、アルオニアのパートナーとして相応しくないと烙印を押すでしょう。あなた一人が恥ずかしい思いをするなら、かまわない。けれどパートナーとして同伴するというのは、あなたの振る舞いがアルオニアの評判に繋がるということです。今のあなたが同伴など、迷惑でしかありません」  率直すぎる物言い。言葉の一つ一つが刃となって胸に突き刺さる。  王子は感情を押し殺したような無表情さで腕組みをし、黙りこくっている。ヴェサリスもまた、困り顔で口を閉ざしている。  この場を支配しているのは、グレースだった。彼女には、有無を言わせない貫禄と威厳がある。それでも、王子とヴェサリスがなにも言わないのはおかしいと思う。口出ししないよう言われているのかもしれない。  わたしは泣きそうになるのをグッと堪え、蚊の鳴くような声で答える。 「だったら、誰か別の女性をパートナーに……」 「あなたには、意地もプライドもないのですか? 私はあなたに会いに、わざわざエルニシアから来たのです。別の女性をパートナーにする? アルオニアに対するあなたの気持ちは、その程度ということでよろしいですね?」 「そんなっ! 違います!! パートナーに選んでいただいたこと、とても光栄です。けれどわたしには教養がありませんし、身分的にも……」 「では諦めますか?」 「…………」 「努力をする前に、諦める人間は必要ありません。アルオニアの隣に立つ自信がないのなら、私は帰ります。この子はダメです」 「グレース様っ!!」  沈黙を貫いていたヴェサリスが叫ぶ。王子は悔しそうに唇をきつく噛んだ。  試験はまだ続いている——そんな気がした。わたしの発する言葉によって、未来が変わる。その分岐点にいるように思った。  背中を向けたグレースに、わたしは叫んだ。 「待ってくださいっ!!」  背筋を伸ばし、お腹に力を入れる。 「訂正します。一ヶ月後の社交会。アルオニア様のパートナーとして、わたしに同伴をさせてください!!」  夢をみても無駄だと思っていた。願っても叶わない。困っても助けてくれる人なんていない。幸せは手の届かない場所にある。そう思って、諦めていた。  お金に困っていたわたしに、アルオニア王子は恋人役の仕事をくれた。失敗しても、怒ることなく許してくれた。借金取りに連れていかれそうになったのを、助けてくれた。卒論があるのに、ジュニーとトビンに勉強を教えてくれた。母親とその恋人のことを話しても嫌な顔をせず、そればかりか守ると言ってくれた。  アルオニア王子はわたしに、幸せをくれた。素敵な夢をたくさん見せてくれた。  わたしにだって、意地とプライドはある。貶されたままで終わりたくない。
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