三章 恋人役のレッスン

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 レッスンを受けて、五日後。ダンスのレッスンが加わった。  アルオニア王子と話せる! と、わたしは喜んだ。  朝から晩までグレースと過ごし、夜は宿題と翌日の試験勉強で忙しく、王子と全然話せていない。  ダンスレッスンをするホールに行くと、そこにいたのはヴェサリスだった。  がっかりした気持ちが顔に出てしまったようで、グレースから注意が入る。 「あなたは良く言えば、素直。悪く言えば、場と相手に合わせた振る舞いができない。ヴェサリスを見て顔を曇らせましたが、嫌いなのですか?」 「まさかっ! 嫌いではありません。大変にお世話になっている人です」 「他人はあなたの心の中を覗けない。表情や態度、言葉や口調から判断するしかない。あなたがこの部屋に入って、ヴェサリスを見た。その反応からは、嫌いだと受け取られても仕方がありません」 「……すみません。以後、気をつけます」    体が全然動かず、ダンスレッスンは散々だった。  初めて知ったのだけれど、ヴェサリスはダンス大会で入賞したことのある実力者だった。 「リルエさんは体幹が弱い。体幹トレーニングの時間を作りましょう」 「あの、そんな時間あるでしょうか……」  相手がヴェサリスなので、つい、本音を漏らしてしまう。  ヴェサリスはにこっと笑った。 「時間がないなら、作ってください。スケジュールが多忙なら、隙間時間にトレーニングをすればいいのです」 「……なるほど……。ヴェサリスさんも、厳しいんですね……」 「リルエさんを思ってのことです」  グレースが用があると言って、場を外している。  わたしは床に座り込んで、滴る汗を拭った。足に力が入らなくて、限界だった。  勝手に休憩したわたしを叱るかと思いきや、ヴェサリスは「休憩しましょう」と言って、水を手渡してくれた。 「朝から晩までレッスン漬けで、苦しいかと思います。慣れないことばかりで、体も心も悲鳴をあげているでしょう。ですが、リルエさんに付きっきりで指導しているグレース先生も、大変なのですよ。グレース先生は、リルエさんのどんな些細な言動も見逃さず、指導を入れてくるでしょう? それは大変に注意力と根気のいることです。正直に申しまして、基本ができているお嬢さんをアルオニア様のパートナーにするほうがよっぽど楽です。ですが、リルエさんといたいというアルオニア様の願いを聞き入れて、グレース先生はわざわざ来てくださったのです。普通なら、彼女のレッスンを受けることなどできません。グレース先生の厳しさは、リルエさんが大勢の人々の前に出たときに恥をかかないためのものなのです」  厳しさの核にあるのは、優しさ。  休憩したおかげで汗が止まったけれど、今度は涙が止まらない。 「本当にそうですよね……。わたしのために時間を使ってくれている……。わたし、もっともっと頑張ります! 今以上に精一杯取り組みます!!」 「そうはいっても、足がフラフラで、もう踊れないでしょう」  ヴェサリスはにこやかな笑顔を浮かべた。 「寝ながらできる、体幹トレーニングをしましょう」 「……はい。頑張ります……」  ダンスレッスンは終わったが、今度は体幹トレーニング。  これもヴェサリスの優しさと愛情だと思って、頑張ろう。  
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