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四章 永遠の恋人
アルオニア王子に急遽公務が入り、社交会に行かないことになった。
わたしは安堵しながらも、今までやってきたレッスンが無駄になってしまったことを残念に思った。
社交会前日。グレースから伝言が届いて、わたしとヴェサリスで社交会に出るよう指示された。
「わたしとヴェサリスさんで⁉︎ 大丈夫なんでしょうか?」
「グレース先生は、リルエさんがどれくらい成長したのか知りたいのです。リルエさんが今までしてきた努力を、社交会で披露しましょう。立派に務めあげ、グレース先生に自慢してやりましょう!」
「いいですね!!」
アルオニア王子は心配してくれて、社交会に出なくても、わたしがしてきた努力は無駄じゃないと励ましてくれた。
今までのわたしなら、それを受け入れただろう。けれどグレース先生の指導を受けて、考えが変わった。
前まではアルオニア王子の恋人にふさわしくないと、引け目を感じていた。でも今のわたしは、アルオニア王子の恋人にふさわしい自分になることを望んでいる。
「グレース先生に鍛えられたので大丈夫です。それに契約ではありますけれど、アルオニア様の恋人として、立派に演じたいのです!!」
王子は、「契約なんて……」と呟いた。
王子の手が伸び、わたしの顔に触れようとする。けれどすんでのところで指が止まり、触れることなく、手を下ろした。
王子は苦しそうに眉を寄せ、黙り込んだ。わたしも、それ以上口を開かなかった。
あと二週間で、恋人の契約が切れる。
その後、わたしたちはどうなるのだろう?
◆◆◆
社交会は、サイリス国にある一流ホテルで開かれている。
巨大なシャンデリアが、落ち着いた色合いのベージュ色の絨毯に華美な光を落とし、煌びやかな空間では著名人たちが談笑している。
「エルニシア国のアルオニア王子が来るそうだな」
「いいお歳なのだから、結婚を前提とした恋人がいるかもしれないな」
「どのような恋人を連れてくるのか、見てやろうじゃないか」
噂されている。どうしようっ!!
心臓が飛び出しそうなほどにドキドキし、足が震えて前に進めない。
会場に入ったすぐの場所で怖気付いていると、ヴェサリスがわたしの手を自分の腕に絡ませた。
「ここにいるのは名の通った人たちではありますが、グレース先生ほど有名ではありません。リルエさんはグレース先生直々にレッスンを受け、合格したのですから、堂々と胸を張りましょう」
「グレース先生って、そんなに有名な先生なんですか?」
「はい」
わたしはオルランジェにメイクをしてもらい、ジュリアに髪を結ってもらった。ドレスはスパンコールが煌めくシャンパン色で、両肩が出ている。
外見こそ、上品ながらも華やかな装いではあるけれど、年齢層の高いゲストの中に入っていくのはかなりの勇気を必要とする。
ヴェサリスは会場の奥に進みたがったけれど、わたしは壁際に誘う。
「なぜに壁側に行くのです?」
「話しかけられないためにです。目立たないようにして、時間をつぶしましょう」
「リルエさん。それでは一体、なんのためにここに来たのかわかりませんよ。社交会は交流の場なのですから、自分から……」
「これはこれは、ヴェサリスじゃないか!! 久しぶり! 元気だったか!」
ひそひそ声で口論をしていると、口髭を生やした大柄な男性がヴェサリスの肩を叩いた。
ヴェサリスが紹介してくれた。
男性は、映画監督のアルジャーノ。ヴェサリスの学生時代の友人だそう。ヴェサリスはアルジャーノ監督に、わたしをアルオニア王子の友人だと紹介した。
アルジャーノ監督は大きな目をくりくりっと動かし、豪快に笑った。
「びっくりしたなぁ! あのツンと澄ましたアルオニア王子に、こんな可愛い彼女がいるとは!! どうだい? 俺の映画に出てみないか?」
「いえいえっ! わたしにはそのような素質がありませんので!」
アルジャーノ監督の声は大きい。周囲がざわつく。
「あの女性が、アルオニア王子の恋人?」
「どこの令嬢なんだ? 見たことがない」
「だが品がある。今日が社交会デビューなのかもしれないぞ」
「可憐で、優しそうな女性だ。王子はどこで見つけてきたのだろう?」
ヴェサリスの袖を引っ張って、耳元で訴える。
「どうしましょう! 噂されています!!」
「放っておきましょう。人の口に戸は立てられません」
「でもっ……!!」
今度は、中肉中背の男性がヴェサリスに声をかけてきた。
ヴェサリスは交友関係が広いらしく、会場内に知り合いが何人もいるらしかった。
わたしはアルオニア王子の恋人ということになってしまって、出会いや、結婚に向けて話は進んでいるのか聞かれる。ヴェサリスがうまくはぐらかしてくれるけれど、非常に気まずい。
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