四章 永遠の恋人

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 会場は二階であるにも関わらず、シェリアに連れて行かれた先は五階。  シェリアは、ある一室のチャイムを押した。 「この部屋に、主催者がいるわ」 「え……」  主催者なのに、どうして会場にいないのだろう? ホテルの個室に主催者がいるなんておかしくない?  シェリアと部屋に入るのは危険だと、本能が警告音を鳴らす。なによりも、ここにいることをヴェサリスは知らない。なにかあっても助けに来てくれない。  わたしは後ずさった。 「一緒に来た人がいますので、その人と挨拶に伺います!」 「いいから。遠慮しないで」  逃げようとしたわたしの手を、シェリアが掴んだ。部屋の中にいる者がドアを開け、わたしは力任せに部屋の中に押し込まれた。  部屋の中に放り出され、わたしは転倒した。 「痛っ!!」 「この女が泥棒猫? 随分と可愛いじゃん」  ねっとりとした男の声が降ってくる。  ズキズキと痛む膝にしかめっ面をしながら上半身を起こすと、部屋の中にいたのは、二十代後半ぐらいの強面の男二人。  ドアを開けた男は逞しい上腕にタトューを入れており、もう一人の男は部屋の奥にあるデスクに腰をかけてガムを噛んでいる。 「……この人たちが、主催者……?」  呆気に取られて尋ねると、男二人は腹を抱えて爆笑した。 「俺たちが主催者だってよぉ!!」 「シェリア! 本当にこの天然ちゃんが、王子を盗んだわけぇ?」 「そうよ。こうやってとぼけたふりをして、相手を油断させるのが得意なの。厚かましいったらないわ」  シェリアは部屋の鍵とチェーンをかけた。ガチャリという金属音が響き、わたしは悟った。  シェリアは最初からわたしを騙すつもりで、ここに連れて来たのだ——。  シェリアは腕組みをすると、ドアに寄りかかった。黒いドレスのスリットから長い脚がのぞく。 「アルオニアと劇場デートをしていたの、あなたなんですってね。辛気臭くて地味でとろい貧乏庶民のくせに、どうやってアルオニアに取り入ったの? 貧乏アピールをして、情けをかけてもらったわけ?」 「そういうわけでは……」 「アルオニアの執事と、パーティーに来ているわよね? 使用人に取り入って、アルオニアと親しくなったってわけね。貧相な顔している割に、随分と賢いこと」 「違いますっ!!」  どうやって逃げたらいいのか視線をさまよわせるが、ドアは一つしかない。そのドアの前にはシェリアがいる。  部屋の奥には窓があるが、ここは五階だ。窓を開けて助けを求めれば……と考えたが、逞しい体つきの男二人を振り切って、窓に辿り着くのは困難だ。  絶望感に襲われる。  デスクに座っている男が、ガムの音をくちゃくちゃとさせながら笑った。 「シェリアは性格がきついからな。エルニシア王室のプリンセスになったら、向こうの国民に嫌われそうだな」 「うるさいわよっ! 私は名のある貴族なのよ!! 高貴な血が私には流れている。私のほうがアルオニアの恋人に相応しいわっ!! 生まれも育ちも悪いこの女が、エルニシア王室のプリンセスになんてなれるわけない。あんたなんて、一生トイレ掃除をしていたらいいのよっ!!」  シェリアを刺激しないよう控えめに答えていたのに、ガムを噛んでいる男の不用意な発言によって、シェリアは怒りを爆発させた。  シェリアはドアに寄りかかっていた体を起こすと、イラついた手で金髪をかきあげた。 「私の後に続いて、言いなさい。……学のない惨めな貧乏人が、調子に乗ってすみませんでした。アルオニアを諦めます。もう二度と近寄りません。消えます。さようなら。……暗記したら、帰らせてあげるわ」 「言うだけでいいわけぇ?」 「まさか。これは練習よ。アルオニアの前で言ってもらうわ」  タトゥーの入った男とシェリアのやり取りに、疑問が沸く。  ——アルオニア王子を諦める? どうして、シェリアに決められないといけないのだろう?  アルオニア王子と過ごした夢のような時間に感謝している。調子に乗ってすみませんでしたなんて、謝罪したくない。  恋人の契約が切れるそのときまで、わたしは、彼の恋人でいたい。  諦めたくない。消えたくない。
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