一章 王子様との出会い

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 夕食の準備をしながら、恋人役の仕事について考える。 「アルオニア王子って、冷たそうだよね。素っ気ないし。顔はかっこいいけれど、だからこそ直視できないというか、見つめられると恥ずかしくなっちゃう。男性とお付き合いしたことがないのに、わたしに恋人役なんて務まるのかな……」  台所の右隣にある子供部屋に、誰かが入った。  ジュニーとトビンは外で遊んでいる。  わたしは足音を立てずに、こっそりと子供部屋に近づいた。中の様子を伺うと、母がわたしの机の引き出しを開けながらぶつぶつ言っている。 「アーロンにオーディション用の新しい服を買ってあげないと。ええと、お金、お金……。あの子のことだから、隠しているはず……。ん?」  机の引き出しから、母は本を取り出した。 「なにこれ? 教科書? こんなものどっから拾ってきたのよ。まだ諦めていないわけ?」 「勝手に机を開けないでっ!!」  教科書を取り返そうと、母に飛びかかる。  学校に退学届を提出した日。再び学校に通える日が来るかもしれないという夢を捨てるために、教科書を全部売った。  けれどどうしても勉強は続けたくて、ゴミ捨て場にあった教科書を拾ってしまった。汚れているし傷の多い教科書だけれど、わたしにとっては消えてしまった夢に繋がる大切なもの。  教科書を奪い返そうと揉み合ううちに、教科書に挟んであった封筒が落ちた。  すぐさま拾おうとしたが、それよりも早く、母が封筒を踏んづけた。 「あんたねぇ! アーロンはチャンスに恵まれないだけで、才能ある男なの。アーロンの成功のために協力しなさい!!」 「勝手なことを言わないで!!」 「ったく、強情な子なんだから。勉強なんかしていないで、もっと稼いできなさいよ!」  母は舌打ちすると、窓を開け、教科書を乱暴に外に放り投げた。 「ひどい……ひどいよ……」 「子供のくせに反抗するんじゃないよ! いくら勉強して頭が良くなったって、甲斐性のない男と結婚したら人生終わりなんだ。死んだ父さんを見たらわかるだろう! 賢いっていうのは、勉強ができることじゃない。将来性のある男と付き合うってことなんだよ!」 「アーロンは……」  舞台俳優として成功するとは思えない。乱れた生活をしていることが風貌に出ている。俳優として上手くいっても、せいぜい悪役の子分といった端役なのではないかと思う。 「アーロンは、なんだよ。言ってみな!」 「アーロンは……機嫌が悪いと八つ当たりするし、手を上げる。お母さんが借金をしていることを知っているのに、平気な顔してお金をせびる。そんな人が将来性があるとは思えない」 「生意気言うんじゃないよっ!!」  母の顔が怒りで歪み、平手打ちが飛んだ。短く鋭い音が、周囲に響く。  わたしはジンジンと痛む頬を押さえると、涙ながらに訴えた。 「お父さんが生きていた頃の、優しかったお母さんに戻って!」 「無理なんだよ、もう!!」 「なにが無理なの? お母さんは……わたしたちと恋人と、どっちが大切なの?」  母は黙り込むと、派手な化粧をした顔に苦痛の色を滲ませた。心をどこか遠いところに置いてきたかのように、ぽつりと言った。 「あの人にはあたしが必要なんだ……」 「お母さん……」 「アーロンのところに行く。リルエ、頭を冷やしな」  母は足下にある封筒を拾うと、中身を見た。  封筒にはこっそりと貯めてきたお金が入っている。そのお金を取られては、わたしたちは食べるのにも困ることになる。  すがりつく目で見ると、母は視線を逸らし、封筒をポケットにねじ込んだ。  そして——家を出ていった。  頭を冷やさないといけないのは、わたしなのだろうか?  母とお金を失い、わたしたちはこれからどうやって生きていけばいいのだろう?  恐怖と絶望に沈み込んでしまい、ジュニーとトビンの前で号泣してしまった。 「ごめん……明日には元気になるから……ごめん……」 「お姉ちゃん、謝らないで」  ジュニーがぎゅっと抱きしめてくれて、頭を撫でてくれた。トビンが背中をポンポンと叩いてくれた。  失ったものは大きいけれど、わたしにはジュニーとトビンがいる。  だから大丈夫。  きっと、大丈夫——。  翌朝。わたしの机の上に、一枚の画用紙が置いてあった。クレヨンで女の子が描いてある。  トビンが朝早く起きて、描いてくれたのだ。  栗色の長い髪からするに、わたしの似顔絵だろう。女の子は満面の笑顔をしている。わたしも鏡を見て、口角を上げる。 『いつもありがとう。だいすき』  似顔絵と一緒に書いてある言葉を、胸にしまう。  トビンが描いてくれた似顔絵と言葉をお守りにしたくて、仕事着のポケットにしまった。  悲しいとき、つらいとき、寂しいとき。  この似顔絵を見て、元気をだそう。
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