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ゾッとするものが背中を駆け抜ける。シェリアの美しい顔に、凶悪なものが混じっているように感じられてならない。
「またあなたなの? 言ったわよね。私の視界に汚いものを入れたくないと。なのに出入り口の前にゴミ箱を置いて、ガーネットに倒させるなんて。私たちに対する嫌がらせをしているわけ?」
「違います! 全然そんな……。今すぐに片付けますので!」
ゴミを集めようとして——シェリアが画用紙を持ったままであることが、気になる。
その絵はわたしのもので、返してほしいと言った。なのに、シェリアには一向に返す様子がない。
心臓が嫌なふうにドクドクと音をたて、背筋に冷たいものが走る。
「あ、あ、あの、返してもらえませんか……?」
「ねぇ、みんな。この絵、どう思う?」
シェリアが、ボブで赤毛の女子生徒——ガーネットに絵を手渡した。
ガーネットは鼻で笑うと、隣にいる男子生徒に画用紙を回した。
「ヘッタクソな絵。信じられないほどにセンスがないわね。体に比べて頭が大きすぎるじゃない」
「んん? なになに? いつもありがとう、だいすき。って書いてあるのか? スペル間違ってるじゃん。これを書いたヤツ、アホだな」
「あなたって、やること全部が貧乏くさいのね。くだらない絵を見て、仕事を疎かにするんじゃないわよ!」
「この絵もゴミなんじゃない?」
「ウケる~! そうだ。この絵もゴミね!」
「違います!! それはゴミなんかじゃ……」
わたしなら、いくら罵倒されてもいい。我慢できる。
けれど、トビンの優しさを踏みにじってほしくない。トビンがどんな思いでその絵を描いてくれたのか考えると、涙が出てくる。
言い返したい。けれどわたしは大学に雇われている清掃員。しかもバイトの身で、彼女らは良家の子女。苦情を出されて、クビにされてしまうのが怖い。
唇を噛んで、怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった感情に耐える。
絵が仲間内を回って、再びガーネットの手に戻ってきた。
「シェリア様。この絵、どうします?」
「その絵は、ゴミ箱から落ちたものよ。だってゴミにしか見えないもの。ガーネット、捨てて」
「やめてっ!!」
衝動のままに、ガーネットに掴みかかる。
ガーネットは「キャッ!」と短く叫ぶと、わたしを思いきり突き飛ばした。たまらず、転倒する。
「なんなの、この女っ! 底辺のくせに反抗するなんて、信じられない!!」
「お仕置きが必要ね」
シェリアはガーネットから絵を受け取ると、両手で持った。その手を前後に動かす。
画用紙がびりっと音を立てて、ほんの少し、破れた。
残酷な笑みを深めるシェリア。その手の動きが、止まった——。
「アルオニア様……」
シェリアの大きな目が、さらに大きく見開かれる。
信じられない光景に、わたしは息を呑んだ。
——アルオニア王子が、シェリアの手首を掴んでいる……。
王子はシェリアから絵を取り上げると、氷のような冷たい声音で言った。
「いじめて何が楽しいの? 君と、君の友人の品格を疑う」
「なっ! なんで、こんな辛気くさい子を庇うの! 貧乏でダサくてのろまで……」
「話せば話すほど、君の品格が下がっていく。君の本性を知れて、僕はおもしろいけどね」
「っ!!」
シェリアはわたしを睨みつけると、足早に立ち去った。仲間たちが慌てて、シェリアを追いかける。
しんと静まり返った校内。
大教室にいた生徒たちの姿はなく、わたしとアルオニア王子だけが、いる
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