一章 王子様との出会い

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一章 王子様との出会い

「シェリア様、今日はどちらへ?」 「エステとネイルサロンに行ってから、父主催のパーティーに出席するわ。集まるのは政治家や貴族のオジサマばかりでつまらないのだけれど、パーティーには華がないとね。ガーネット、あなたも来るでしょう?」 「はい。けれど、シェリア様は豪華絢爛な薔薇ですもの。私なんて見劣りしちゃう」  女子生徒たちが廊下を歩きながら、おしゃべりに花を咲かせている。彼女らの身なりは華やかで、会話の内容も庶民とは違う。  わたしは羨望を押し殺し、廊下のモップ掛けに勤しむ。  きらびやかな彼女たちを見ないよう、声が聞こえないよう、無心にモップを動かす。  わたしが生まれ育ったサイリス国は、万年雪をかぶる美しい山脈と、透き通るような青い湖が点在する自然豊かな国。  世界各地の王族や貴族の子女たちが通う名門大学で、わたしは清掃員として働いている。  ただひたすらにモップをかけていると、バケツが倒れた。 「あ……」 「あらぁ、ごめんなさいねぇ」 「あ、いえ……。すみません……」  華やかな集団の中でも一際目立って美しい生徒——友人らにシェリア様と呼ばれている女性が、微笑みながら謝罪を口にした。  わたしは倒れたバケツを元に戻し、バケツの中に入れていた掃除用洗剤と雑巾を拾った。  再度モップを手に取ると、視界の端で、ベージュ色のピンヒールがバケツを力いっぱいに蹴るのが見えた。  派手な音をたててバケツが転がっていく。  ベージュ色のピンヒールの持ち主——シェリアが、手入れのされた美しい指で金髪をかきあげた。 「ねぇ、みんな。この子、辛気臭いと思わない?」 「思う! ダサいし、暗ーい」 「あなた、何歳?」 「二十一です……」  シェリアの質問に答えると、彼女の友人らはどっと笑った。 「やだぁ。私たちと同じ歳じゃない! 信じられない。その歳で働いているの? いかにも貧乏って感じで笑えるんですけど!」 「いくら清掃員といっても、辛気臭くてダサい子が名門大学で働くって生意気だわ」 「働かないといけないなんて惨めね。あたし、お金持ちの家に生まれて良かったぁ。この子みたいな負け犬人生なんて、死んでもイヤ」  女子生徒らの唇は、口紅を綺麗に塗っていて艶やかで色っぽいけれど、出てくる言葉は意地が悪い。  嵐が早く過ぎ去るよう黙っていると、シェリアがゾッとするほどの冷たい口調で言い捨てた。 「私の視界に汚いものを入れたくないわ。バケツも、辛気臭い貧乏人もね」 「……すみません」 「ふんっ」  シェリアが鼻で笑うと、友人らもクスクスと笑った。  わたしは唇を噛み、屈辱に耐える。モップを握りしめる指先が冷たい。  嫌がらせを受けたことが悲しくはあるのけれど、それ以上に、彼女らが突きつけた言葉——辛気臭い、ダサい、暗い、貧乏、負け犬人生。  それらを否定できないことが、悔しい。  彼女らが去ってから、目尻に溜まった涙を拭う。  廊下の奥に転がっていったバケツを取りに行く途中、男子生徒とすれ違った。 「え……?」  転がって横倒しになっていたはずのバケツが、底を下にして置かれている。  誰かが、倒れているバケツを起こしてくれたのだ。  振り返り、さっきすれ違った男子生徒の背中を見つめる。  襟足のすっきりとした銀髪。スタイルのいい長身。背筋の伸びた、堂々とした歩き方。  男子生徒が廊下を曲がるまで見送ると、バケツを拾い、またモップ掛けの仕事に戻る。  夢を見ることはとうの昔にやめたし、幸せになりたいだなんて願っても、現実に打ちのめされて悲しくなるだけだと分かっている。  それでも——。  先ほどすれ違った彼がどんな顔をしているのか、知りたいと思った。
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