ダチョウプリンセス

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 川沿いの道を上流の方へと進んでいく内に、いつの間にか開けた場所に出ていた。半径2、3km圏内に建物はなく、黄緑色の原っぱが大地を覆っていた。 「こんなところ、初めて来たよ」  マイカが感嘆するように言った。  空が広かった。夏と秋の間のような青い空が、自分の目を疑いたくなるほどに大きく広がっていた。平たく横たわる山の少し上を、モコモコとした薄い雲が、縁を黄金色に光らせながら棚引いている。  ダチョウは風を切って走り続ける。日の光に満ちた川に伴走するように、そよぐ草の群れを引き連れるように。 「冒険って感じだなぁ。このロマン分かる?」 「まあ、半分ぐらい?」 「ボクはさ、いつか世界の果てを見てみたいんだ」 「ダチョウに乗って?」  フフッと、軽やかな笑い声が返ってきた。冬志はとても穏やかな気持ちだった。それだけではなく、自由で、ワクワクしている。  原っぱを眺めていると、1ヶ所の草が揺れて、見慣れない動物がひょっこり顔を出した。 「マイカ、あれ」  冬志が片手を離して指差したのと、ダチョウの減速動作だか何だかの動きの変化が重なった。  グラリ。  体がバランスを崩した。 「冬志!」 (ダメだ、落ちる――)  ドン!  *** 「あの、大丈夫ですか?」  ハッと気がつくと、目の前で同い年くらいの女性が怪訝(けげん)な顔で冬志を見ていた。冬志が頷くと、面立ちがどこかマイカに似ている彼女は、「すみませんでした」と小さく頭を下げて去っていった。 (これって、元の……)  そう、ここは大学だった。講義棟の一歩手前に立つ冬志の頬を、凜と冷えた空気がなでる。どういうぶつかり方をしたのか、リュックは地面に転がっていた。柔らかく降り注ぐ冬の日。  講義室からだろう、微かなざわめきが聞こえてくる。  遅刻。 (まあ、いっか)  リュックを肩にかけ、冬志はタッタッタッと走り出した。ここから特別な1日が始まるかのような、いつもと違う晴れ晴れとした気持ちで。  頭の中で、あの自由でワイルドな『プリンセス』が、瞳をキラキラさせながら微笑んでいた。  
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