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走るという行為は、無駄に体力を消耗する。だから本当ならできる限りやりたくない。人生でやりたくないことのナンバーワン候補だ。
しかし、不本意だという表情を露わにしつつ、中村冬志は大学のキャンパスを重い足取りで走る。一列に並んだイチョウの黄色い葉はすっかり散り散りになり、無機質な建物が点在する風景はいかにも寒々しかった。アスファルトの道を冷たい風が吹き抜け、自転車の学生が首を縮めて通り過ぎる。
(ああクソ、何で講義棟までこんなに遠いんだ)
そうやってイライラしながら走っていたからか。
ドン!
建物に入った瞬間、何かに思い切りぶつかって、冬志は後ろに弾き飛ばされた。フッと目の前が暗くなる。
(終わった。遅刻だ、これ――)
***
目を開けると、そこは大学ではなかった。
確かめるように瞬きする。平々凡々な脇役顔だと自認している顔が、3、4秒経ってからようやく「え?」の表情になった。
冬志が尻餅をついた場所は、水やりを怠ったプランターのような乾いた土の地面だった。冬とは思えない生き生きとした日差し。街中なのだろう、近くにレンガ風の建物が立ち並んでいるのが薄らと見え、行き交う人々の話し声や砂を踏みならす音は引っ切りなしだ。
呆然と、視線を上に動かす。冬志のすぐ前に堂々と立っていたのは、白馬の王子様ならぬ――。
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