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序章
ひろがる白い雲の隙間から、陽光に眩く煌めくやさしい羊水のような大海原が見え隠れする。鳥の群れのように飛んでいるのは零戦だ。人間の尊厳を失わず均衡を保って飛行する彼らの姿は、なによりも尊く美しかった。大空を自由闊達に滑空しながら目指すのは、アメリカ軍の要塞のような空母だった。
零戦の編隊に、空母からの対空機関砲の砲撃がはじまる。それでも彼らはいささかも怯むことなく、体勢をかえながら鳥のように敵艦を目指す。背後からは、アメリカ軍の戦闘機が迫ってきた。
やがて1機の零戦の主翼が被弾すると、機体が一瞬跳ねあがりキリモミ回転しながら火玉となる。パイロットはまだ20歳をすぎたばかりの青年だった。炎に包まれながら、故郷の蔵王連峰や桃の果樹園、そして最愛の妻のまだ少女のような笑顔が浮かぶ。火玉となった機体は黒煙をあげながら急降下し、煌めく羊水のような海面へ白く大きな飛沫をあげて追突した。
次々と、零戦が撃墜されていく。しかしながら砲撃をかいくぐった1機の零戦が、ついに敵艦の空母の甲板に体当たりし大きな爆発がおこった。ひとりの青年の貴いいのちとひきかえに……
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