第1章

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第1章

 遠くの蔵王連峰が、夏空にひろがる白い綿雲(わたぐも)とならんでいた。桃の果樹園を通りすぎると、大きな杉の木に囲まれた父方の祖父の家があった。広い敷地には、平屋建ての母屋を中心に別棟として便所と風呂場と大きな物置小屋があったが、まだ幼かったオレは、この祖父の家からなぜかしら畏怖(いふ)を感じていた。  母屋は、茶の間以外の部屋は昼間でも薄暗く、 ──天井が低く窓からあまり光が入らないため── 仏間には漆黒の肖像額縁に兵隊姿の若い青年の写真が飾ってあった。11人兄弟のうち上から2番目の太平洋戦争で戦死した兄の写真だと、こともなげにいう父は写真を見ようともしなかった。そっと母は戦死した2番目のお兄さんは、《神風特攻隊》だったんだよ、と後ろからオレの両肩にその細い手を置いて物悲しそうに、しかししっかりとした口調で教えてくれた。  《カミカゼトッコウタイ》?  零戦(ゼロセン)でそのまま敵の空母に体当たりしたという。  母はそれ以上くわしく話しをしてくれなかったが、オレは、豆電球の(あか)りにほのかに浮かぶ兵隊姿の青年の写真をしばらく見上げていた。11人兄弟のうちたったひとりだけ若くして死んでしまった清冽(せいれつ)そうな青年の若々しい顔を……  庭に出ると風が杉の木を揺らしていた。《カミカゼ》とはいったいどんな風なのだろう?  繊細な色彩の夕焼け空を、西に向かって鳥の群れが飛んでいる。それらの姿に、編隊を組んで飛行する零戦(ゼロセン)のかいがいしい姿を重ね合わせて、《カミカゼトッコウタイ》とは、大自然の摂理によって導かれて舞う鳥たちのように、大日本帝国の威信(いしん)たる《カミカゼ》によって導かれたものなのか……
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