一章 彼女のうなじ byアズマ

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一章 彼女のうなじ byアズマ

高崎さんのうなじにある”それ”に気づいたのは、数学の授業が間もなく終わろうとしている時だった。 数学の先生は、定年間際のおじいちゃん先生で、ぼそぼそと話す声は非常に聞き取りにくく、三角関数の公式を説明されてもさっぱり分からなかった。おそらくクラスメイトのほとんどがそうだろう。震える手で書かれた黒板いっぱいの公式から目をそらした時に、僕は”それ”に気づいたのだ。 目の前の席に座る高崎さんは、いつも背筋をピンとして、授業を聞いている。おじいちゃん先生の話を最後まで聞き遂げることができる数少ない人間でもある。 高崎さんは髪の毛を頭の上で結び、お団子のようにしている。そのため、後ろの席の僕からはうなじが丸見えだ。言い訳ではないが、決して高崎さんのうなじに興味があるとか、何か下心があって、彼女のうなじに視線を向けたわけではない。たまたま偶然に彼女のうなじが視界に入ったのだ。そして、そこにあるはずのない”それ”を見つけてしまったのだ。 ”それ”とは何なのか。はっきりと言ってしまおう。彼女のうなじにあるのは、USBポートだ。パソコンとかの横にある、ケーブルでスマホとつないだりする長方形の穴だ。あのUSBポートが彼女のうなじにあるのだ。 僕は彼女のうなじに釘付けになる。なぜそこにUSBポートがあるのか。思いがけない事態に、僕の思考回路はショート寸前だった。普通に考えて、うなじに、いや、人間の体の一部分にUSBポートがあるなどあり得ないはずだ。 僕はあらゆる可能性を考える。これは夢ではないだろうか。そう、夢であれば全てが解決する。自分の頬をつねってみるが、見事に痛みを感じた。紛れもなくこれは現実世界のようだ。 それでは僕の視力がおかしいのか。しかし、僕は眼の良さだけが自慢で、視力はいつも2.0越え、見間違いなどは考えにくい。幻覚なども経験したことはないので、おそらく違う。 もしかしたら、タトゥーシールなのではないか。その考えは、一番あり得そうだ。今、クラスの一部の女子で、タトゥーシールが流行っていた。高崎さんがやっていたとしても不思議ではない。USBポートのタトゥーシールなんて聞いたこともないが、人を驚かせるという点ではうってつけだろう。実際に僕もまんまと驚かされてしまった。 そう思えば気が楽になった。うなじにUSBポートがあるなんてあり得ない。夢だとか幻覚だとか考えていた自分が恥ずかしい。 僕はもう一度、彼女のうなじを見る。そのUSBポートは、タトゥーシールにしてはリアリティがあった。不運にも、視力の良い僕の目は、それがシールではなく、明らかに3Dで、きっちりと穴が空いていることを見抜いてしまった。 その時、急に高崎さんが振り返った。そして、彼女の顔と僕の顔が向き合う。眼鏡のレンズ越しの彼女の目が、僕の目をとらえた。 「ふへっ」 僕は思わず変な声が出てしまった。その途端、彼女がぱちくりと瞬きをして、不思議そうに僕の方を見る。 「我妻くん、どうしたの。変な声を出して」 「いや、その、急にこっち向くから」 「プリントを配ろうとしただけなんだけど」 彼女の手には、おそらく宿題と思われる数学のプリントがあった。 「あ、うん。ありがとう」 プリントを受け取った後も、彼女は訝しげな表情だった。しばらくして彼女は再び、僕に背を向ける。そのうなじには、変わらずUSBポートがあった。
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