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宇治大納言物語
従三位参議は既に正二位権大納言に任じられ,宇治大納言と呼ばれている。密かに書き集めた見聞録を一冊の書物に整え,『宇治大納言物語』と名づけた。兆呂斎に再三再四『宇治大納言物語』の焼却を催促されたが,踏ん切りがつかず,渋っているうちに賊に入られ,当の物語も盗まれた。
悲嘆に暮れていたところ,摂関家の権威を失墜させんと画策する悪書の伝播が天地を揺るがし,検非違使の動きが慌ただしくなった。時をおかず若い中流貴族が捕縛された。文学を愛好する者同士,年齢と身分の差をこえて宇治大納言と親しく交際する男であった。
男は『宇治大納言物語』を無断で筆写し複製をつくり,書名をかえて市へ出し利を得ていた。取調べが進み,原作者の名があがった。宇治大納言の邸宅や別荘に捜索がかけられたが,何の証拠も見つからなかった。准三宮頼通からの執り成しもあり,宇治大納言の処遇は不問に付された。
なお,かつて宇治大納言を煩悶させた頼通との関係は,ほどなく解消されたという。頼通の妻 隆姫の悋 気に触れたせいであるらしい。宵居に突如 袷 を脱ぎ散らかし叫喚しつつ駆け出した妻のありさまに頼通は腰を抜かした,と世人は噂したものの,真実を知る者は存命しない。
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