十二月

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 僕は床のペットトイレシートを蓋付きの大きなゴミ箱に捨てる。  手袋を捨てる。  アルコール消毒剤と消臭スプレーはミントの香り。  世界地図と反対側にあるモニターを確認すると、坂田さんは壁の向こうのブースから出て行くところだった。  このモニターで映すと何でもホラー映画のように見えていやだ。  ノイズが入って乱れるモノクロの画像。あまり見ないようにしている。  お客さんが入るときと出るときだけは確認する。  時給二千六百九十円。安いと思うか高いと思うか。  歩合制でなくて、有り難いと言えるのかどうか。  たまにチップをもらえると嬉しい。  オーナーがやって来て、夜の八時まで勤務を延長できないかと聞く。僕はオーケーする。  いつも尿を漏らす客がやって来る。  出禁にしてやりたい。だけどチップは多額だ。  おかあさん、と彼は呻く。  おかあさんおかあさんと呼びながら客は果てる。  午後七時五十六分、尿臭たちこめる小部屋のドア前にミオが立っていた。  僕はドアを開け放って掃除をしていた。  客側のブースは掃除係が片付けてくれる。こちら側は自己責任だ。  もともと僕は掃除係で雇われた。  ぱさぱさとした緑色に近い傷んだ毛先。マスクとニット帽。キルティングのジャケット。  猫背で愛想が悪くぱっとしない、ミオはそんな印象の女の子だった。  六番ブースの案内の液晶は、アキからミオに切り替わる。  本人たちとは似ても似つかない萌える笑顔のイラストが誘ってくれる。  ここ一ヶ月ほどだろうか、僕の次にミオが入る。そういうシフトになっている。  僕はミオに臭いのことを謝る。僕の責任じゃないし、そもそも遅れてきたのはミオだ。  あの客のことを知っていて遅れてきたのかと疑心暗鬼にもなる。  ミオは目を合わせず頷いた。  マスクのせいで表情は分からない。膨れ上がったバックパックを小部屋の片隅のソファの上に置いた。  ビニールシートがところどころ破けている、座った太腿の後ろに何かが張り付きそうな、胸塞ぐ感じのソファ。  ミオはそこに倒れ込むように座り、穴をにらみつけた。  僕は電気ポットに水を継ぎ足した。この湯でローションを湯煎する。  そのまま帰ってしまってもよかったのだけど。 「何時までなの?」  ミオは何時まで働くのだろう。 「六時」  かすれた声で彼女は答えた。 「風邪ひいてるの?」  ミオと、ほとんど言葉を交わしたことはない。 「ひいてない」
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