十二月

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 午前六時に従業員用の鉄扉を開けると、高い確率でネズミに出くわす。太っていて凶暴そうなネズミ。  たまに脚のきれいな女の子が死にそうな勢いで吐いている。  でも死んでない。  高そうなスーツを着た若い男が花束に向かって唾を吐いていることもある。  午前六時、この街はいちばん物悲しい素顔を晒す。  僕もたまにそのシフトに入る。労働の後の爽やかさなんて皆無だ。  ホラー映画風モニターが来客を告げていた。  ミオはジャケットを脱いだ。黒いタートルネック。意外にがっしりと骨張った肩と折れそうに細い手首。  僕は後ろ手にドアを閉めた。  あのか細い手が客を導くところを、見てみたいとは思った。  ミオは午前六時にどこへ帰って行くのだろう。彼女に帰るところはあるのだろうか。  従業員用の通路をすり抜けて、スマートフォンで端末に触れ、重たい鉄製の扉を開ける。  ゴミの臭いとラーメン屋のスープの匂い。  午後八時でも荒んだ場所であることに代わりはない。  中世の城壁みたいなビルとビルの間の路地。  ここで火災が起こったら確実に死ぬ。確実ってすごいなと僕は思う。  耳にイヤホンを突っ込んだ。  バッハのインベンション。世界と僕の間に薄い膜が生まれる。  右手と左手ともに単音のポリフォニー。強弱の少ないバロック時代のピアノが好きだ。  単音が積み上がっていく様が心地いい。  わざと西口側の高級ホテルのイルミネーションをひやかして帰る。  足首から寒さが這い上がってくる。
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