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図書室で静かに本を読む時間が好きなのに、好きだったのに、最近それを邪魔するものが現れた。旧校舎から聞こえてくるラッパの音、甲高く響き渡る、耳障りな旋律。夕焼けに染められた学校中に、遠くまで聞こえるような――
「ちょっと」
かつて音楽室だった、今は名もない空き教室の扉をノックもせず開く。
そこに、長いくせ毛の女子生徒が立っている。
開いたカーテンの向こうに沈んでいく赤い夕陽を眺めながら、トランペットを吹いている女子生徒の姿。
耳障りな旋律。
窓を閉め切っているから、余計に校舎の中へ響き渡るのだ。
「ちょっと。ちょっと!」
こちらも大声を張り上げて呼ばないといけないから嫌いだ。
彼女は振り返った。
「あら。今日も来てくれたんだ、七海さん」
「やめてって言ってるでしょ、それ。図書室まで響いてくるの。迷惑なのよ。防音がしっかりしてる新校舎の音楽室で練習すればいいじゃない」
彼女は無視してトランペットをケースにしまうと、教室の端に寄せてある机を引っ張り出してきた。
「お茶でもしていく?」
「は? そんなつもりじゃ……」
「おせんべいとかはないけど、いい? 口が乾いちゃうから」
呆れてものも言えないでいると、そいつは勝手に椅子に座り、水筒に入ったお茶を飲みながら、ノートを開いて指を滑らせ始める。五線譜のノートには楽譜らしいものが手書きでびっしりと書いてある。
ともあれ静かになったので、わたしは空き教室を後にして、図書室に戻った。
だけど、そうこうしているうちに、またラッパの音が聞こえてくる。本当に耳障りな音、気に入らない旋律――嫌でも耳に届いてしまう。
読書どころじゃない。わたしの大好きな時間はもう戻ってこない。
いらいらしながら荷物をまとめ、図書室を後にした。
「七海さん」
保健室の先生と廊下ですれ違いざまに、呼び止められる。
「また、あの空き教室に行っていたの?」
「……、」
「もうあそこには行かないほうがいいわ。あなたのためにも――」
「図書室で本を読んでただけです。関係ありませんから、天野さんのことは」
「ねえ、知ってる? 昔、旧校舎の音楽室で自殺したっていう女子のこと」
「えー、何それ怖い」
「仲のいい女子と喧嘩して、音楽室で首吊ったんだって。それから新校舎に新しい音楽室ができたらしいよ」
「へー、だから音楽室だけやたらと新しいんだ」
「それでね、ここからは噂なんだけどさ――今でも放課後になると、旧校舎の音楽室から、その自殺した子が吹くラッパの音がね――」
今日もわたしは図書室に行く。
天野さんのラッパの音が、今日は聞こえないんじゃないかと期待して。
――だけど、また聞こえてくる。すぐ隣で、吹き鳴らされているみたいに。
「ねえ、ちょっと。もっと静かにできないの?」
「あら。今日も来てくれたんだ、七海さん」
「何度も言ってるでしょ、それ、やめてよ。いい加減に――あなたはもう、死んだんだから」
「ねえ、ここの旋律、どう思う? 七海さんに一緒に見てほしいの」
「ねえ、優羽子……」
「そうだ、週末、一緒にお買い物に行きましょうよ――」
そして、空き教室を後にする。
――もううんざりだ。二度と、図書室なんて行くもんか。
毎日こんなことを思っている。嫌い。ほんっとうに大嫌い。
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