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ミシンを使っていたのは、3年の香奈だった。面倒見が良く表裏のない香奈は、瑠花が最も懐いている先輩だ。少し強張っていた肩の筋を緩めながら、それでも静かに瑠花は入室した。
ミシンの音は時間をかけず一旦止み、しかしまたすぐに、同じペースで響き始める。
香奈のミシンは常に一定の速さを保ち、耳に心地良い。時にゆったりと慎重に針を進めることもあるが、それすら、音楽の抑揚に聞こえる。穏やかに打ち寄せる浜辺の波のような安心感があった。
瑠花などは、まだミシンの速さに翻弄されることが多く、何事もなければ大胆に速く走らせるが、縫い目が斜めになったり縫い落としたりと、ミシン相手にバタついてしまう。ミシンに縫わせている時間よりも、ミシンの調子を整えたり、失敗をフォローしている時間の方が圧倒的に長い。
そんな不手際を香奈はしない。
香奈に心からの賛辞を密かに送り、ミシンが奏でる音を楽しみながら、瑠花はいつもの席に向かっていった。
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