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結局一馬が出ていくことになった。もともと私の部屋だったし、家具だって私のものばっかりだし。
それでも一馬のものを片付けると、部屋がずいぶんすっきりした。手回りのものを大きなバックパックにまとめて、あとの荷物は段ボールに詰めて福岡の一馬の実家に送った。福岡出身だなんて知らなかった。三年も一緒に暮らしていたのに。三年。びっくりする。二十五年の人生で、一番長く付き合った男だ。なんとなくで始まって、続いたというより、なかなか終わらせられなかった。行くあてのないという一度セックスしただけの一馬がこの家に転がりこんでから、そのうちちゃんとしなきゃ、とずっと思っていた。一馬の作ってくれる美味しいかよくわからないカレーを食べたり、私の繁忙期に子どもみたいな賢明さでマッサージしてもらいながらも、ずっと思っていた。そして、三年経って、そのうち、が今、来た。
「せいせいする?」
と一馬が笑う。一馬はいつも笑ってる。肉の薄い、いつもどこか悲し気な目元に浮かぶ皺。正確な年齢も、そういえば知らない。
「わからない」
と私は答えた。せいせいする、と、言ってやりたいけど、それでも一馬は笑っているだろう。泣きわめいたら、どうなるだろう。どっちみち、私は泣き喚いたりしない。そういうことをする能力がない。
「せいせいする?」
一馬に聞いてみる。一馬は笑ったまま困った顔をした。
「俺は、さびしい」
私は答えられなかった。
「じゃあ、ばいばい」
一馬は言って、鍵を渡した。私はうつむいたまま頷いた。私が俯いているうちに、ドアが開いて、そして閉じた。いつもより広い三和土には、私のパンプスと、スニーカーと、サンダル。
サンダル。
あ、と思った。このサンダルは、一馬のだ。虹色のサンダル。道端で五百円で買っていた。また馬鹿みたいなもの買って、とあきれたけれど、軽薄な見た目に似合わず意外と頑丈で、二人でちょっとゴミ捨てに出たりコンビニに行くときには使っていた。ハーフパンツから伸びる頼りなくひょろ長い一馬の脚に、虹色のサンダルはよく似合っていた。私はこんなの買わない。私のじゃない。
私はスニーカーを履いて、サンダルを手に取った。ドアを開けて、鍵をかける。
こんなの渡してどうするの。
そう思う。一馬だってこんなのいらないだろう。だから残しておいた。でも、一馬がいないのに、サンダルだけあるのは、嫌だ。
そんなの寂しい。
私は走り出す。一馬に追いつけるのかはわからない。エレベーターは一階で止まっている。追いついたって、どうなるのかもわからない。
でも今、追いかけたい。両手に一つずつサンダルを持って、私は一馬を追って、マンションの階段を駆け下りる。
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