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これは、わたしの生涯が始まる、物語である。
※※※
わたしが物心ついたとき、すでに傍に父はなく、母もなかった。
二親の名こそ知れど生死を知らず、父の姿は見たこともなく、母のぬくもりは、母乳を口に含んだかすかな記憶がある程度。いや、それもきっと勘違いか思い込みで、本当のところは何も覚えてはいないのだろう。
ゆえに当時、まだ足元もおぼつかず、ポツンとたつだけのわたしにあったのは、父と母から受け継いだ、素晴らしいと讃えられた血筋だけ。
それだけが、まだ何もなかったわたしの唯一確かなものだったのだ。
しかし、それゆえにわたしは沢山の者にかしずかれ、共に暮らす血のつながらない兄弟姉妹たちの中で一等大切に育てられたのである。
けれどだからといって甘やかされたわけではない。血筋に相応しくあるように誰よりも厳しく躾けられ、教育をほどこされた。食事も日々の健康も全てを管理されたおかげか、わたしは些細な怪我をしたこともない。
いたれりつくせりだと満足するか。不自由だと嘆くかはそれぞれだろう。わたしの場合、窮屈だと思うには、世界を知らず、全てを委ね過ぎていた。
ただ、わたしは彼らが望むものになれるのだろうかと、不安に思うことがなかったといえば嘘になる。
何故なら、わたしの世話を甲斐甲斐しくおこなく者たちは、ことあるごとにわたしにこう言ったからだ。
わたしに注がれる全ては、いつかくる、「その日」のためだ、と。
きたるべき日。その日。人々は、堂々と君臨するわたしに、熱狂し、喝采と賞賛を贈るのだと。
ときに、わたしの肌を丁寧に拭きながら。
ときに、わたしの艶やかな髪を梳きながら。
目を輝かせ。
唇を震わせて。
わたしに触れる手は、まるで祈りに似ていた。
そして物心ついてから、二回りほどの季節が過ぎたころ。かしずく物たちの顔ぶれをいく度か変えながら、わたしは「その日」を迎えることになる。
身体のすみずまでピカピカに磨き上げられ、傍には。この日のためにと選ばれた歴戦の騎士を従えて。
さぁ。
−−−−いざ。
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