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二月十四日。朝、二人に連行される僕は同時に板チョコを渡された。そして……。
「拓人、私たち二人が一緒に拓人にチョコを渡すのは今年が最後だよ」
美優がそう告げる。
「最後って?」
「美優が引っ越すんだ。だからだよ」
「え? 由佳は知っていたの?」
「ちょっと前にね」
「私は由佳と話さなきゃならないことがあったからさ」
「そう……。そうなんだ……」
「でね、拓人、もしね、私と由佳が拓人が好きだと言ったら拓人はなんて答える? ちゃんとどちらかを選べる?」
美優も由佳も僕を真っ直ぐに見つめる。僕は美優も由佳も好きだ。それはもう家族みたいなものだ。その選択はどんな意味を持つのか。僕に深く考えることはできなかったが、答えは決まっている。
「選ぶよ。選ばなかったら二人に失礼じゃん?」
「ふふ。やっておかないと誇り高き問題児の拓人は違うね。三月十四日。その日まで選んで。それまでに選べなきゃ拓人は嘘つきだからね」
「その日に美優は引っ越すの?」
「そういうことだよ」
「はい話は終りね。持ち物チェックするよ」
その日、美優はクラスメイトに引っ越すことを話す。今日引っ越す訳ではないけど、今日の美優はクラスメイトに囲まれていた。僕ときたら由佳の宿題を写し忘れて先生に叱られてしまった。それを見た由佳はクスクスと笑っていた。
いきなり重大な選択を迫られた僕だが、やはり悩んでしまう。二人のどちらかを選ばないといけない話は僕らだけの話でクラスメイトたちは知らない。相談もできないということだ。相談してはいけないことだ。僕がちゃんと決めなきゃならない。
世話焼きの由佳にいつも楽しそうにしている美優。二人の好きな人は僕。
「両手に花か……」
ただの冗談だと思っていた言葉は嘘でも何でもなかった。毎晩毎晩どちらを選ぶべきか僕は考える。その間も二人は変わらずに接してくる。答えを急かすこともしない。
そのまま三月十四日が来てしまった。僕と由佳は美優を見送りするために美優の家に行く。
どちらだ? どちらだ? どっちにすればいい?
悩んで悩んで悩みぬく。
「もうお別れかな?」
寂しそうに呟いた美優。出発の時間。由佳も黙っている。
答えが……答えが出せない。
「あのね拓人……、私待ってるから。答えを待っているから。由佳も今までありがとうね」
「うん……」
由佳も寂しそうに呟く。
美優が車へと乗ったとき、由佳が僕に囁く。
「拓人の根性なし。あんたがね誰を好きかなんて私には分かっているのよ。だから私はあんたに世話を焼いたのよ。この先困んないように」
「え……?」
「あんたは美優と一緒にいて楽しいんでしょ? それだけで良かったんでしょ?」
車が動き出した瞬間、僕は走り出す。
「美優ーーーー!!」
後部座席の美優が後ろを振り返る。窓なんか開いていない。僕の声は聞こえなかったかも知れない。ただ気付いてくれた。美優は窓を開けて手を振る。
「美優ーー!! 僕は必ず君をさらいに行く!! 必ずだ!!」
そのまま車は止まらずに走り去って行った。きっと僕らの運命を決めたのはこのときなんだ。
「私が拓人を美優に相応しい男に育ててやるよ。ちゃんと美優をさらいに行くときまで」
世話焼きの由佳は泣きながら笑って僕にそう声をかけた。
僕らの約束はずっと先の未来で果たされる。それはまた僕の想像できる話ではなかった。
了
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