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入院当初、人気者の彼のもとにはひっきりなしに見舞い客が訪れて、小さい個室はいつも賑やかだった。でも月日が経つにつれ段々とその数は減り、半年経った今では彼のお母さんと私、そしてたまに彼のお父さんぐらいになってしまった。私としては彼を独り占めできるので嬉しい限りだけど、彼はきっと寂しく感じているんじゃないかな。
ああ、彼が寂しいとき、私をもっと必要としてくれればいいのに。病気で苦しいとき、目の前に迫った死に心が折れそうなとき、もっと取り乱して、私に全ての感情をぶつけてくれればいいのに。
そうしたら私は、彼をひとりになんかしないよって、その時は私も一緒に逝くよって伝えられるのに。
でも彼は入院してからもずっと、いつもの優しい微笑みを絶やさない。
それがもどかしくて、でもそんな彼が大好きで、私の心はぐちゃぐちゃになった黒い何かに飲み込まれていきそうだ。
「もうすぐ七時だよ。残念だけど面会時間終わっちゃうね」
どれぐらい物思いふけっていたのだろう、私は彼の言葉で現実に引き戻された。
ああ、彼が目の前にいるのに、貴重な時間になんて勿体ないことをしてしまったの!
「あ、ホントだ。…帰りたくないなぁ。まだお兄ちゃんと一緒にいたいなぁ」
「俺もだよ。でも規則だからね」
彼は私の頭を優しく撫でながら、
「今日も来てくれて嬉しかった。暗いから気をつけて帰るんだよ」
と言って額にキスをする。
これはさよならの挨拶だ。
彼が入院してしばらく経ったある日、私はどうしても彼のそばにいたくて、帰りたくないとゴネたのだ。困り果てた彼に、「じゃあ、おでこにチューしてくれたら大人しく帰る」と言って半ば無理やりキスしてもらった。それ以来、額へのキスは帰りの挨拶として定着している。というか定着させた。私が。
彼は時々それを逆手に取って、私に帰宅を促す時に使ってるけれど。
「もぉ〜、今日のところは帰るけど、また明日来るからね?」
「ありがとう、楽しみにしてるよ」
「じゃあ、また明日ね!」
「うん、また明日」
後ろ髪を引かれる思いで病室を後にする。
今度は「毎日来なくてもいい」と言われなかったことに、少し安堵しながら。
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