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「そうだろうと思ったさ!」  週明けの放課後。日曜日の顛末を聞き終えるなり、部長は我が意を得たりとばかりに膝を叩いた。「で、その後はどうしたんだい」 「その後? 川村さんと別れてから、手はず通りに幸正君と二人でご飯食べに行きましたよ。最近オープンした、なかなか美味しそうなラーメン屋。飲み物は僕の奢りでね」 「ふーん。彼女、さぞかし感謝してただろ」 「いや……なんというか、微妙な反応でしたよ。気まずいような、拍子抜けしたみたいな。ただ、ありがとうとは言ってました」 「ラーメンの方は、どうだった?」  僕は黙ってかぶりを振った。部長はそれで察してくれたようだ。 「……それにしても、毎回毎回よく答えを導き出せますね。現場を見てもいないのに」 「今回のは、そんなに難しい推理じゃなかったさ。金属的で甲高い声と聞いた時、私は真っ先に錆びた蝶番のキーキーいう軋みを連想したからね……それに私は、その現場を知ってもいた」 「知ってた? それじゃあなんで、傾斜のことなんか」 「流石に細部までは失念してしまったけどね。なにしろ私が行ったのは、ずいぶん昔のことだから……君たちは知らないみたいだけど、あの山はちょっとしたハイキングコースになってるんだよ。君がもしほんのちょっとの好奇心をおこして山道を辿り続けたら、なかなか素敵な里山の風景が拝めたはずだよ。梅の林に六地蔵。うん、君が羨ましいよ」 「羨ましいも何も、梅の季節なんてとっくに終わってますよ」  しかもあの日は大雨だったし。  僕の冷ややかな目をものともせず、遠くを見るような目になって部長は言った。「懐かしいなぁ……あれはいつの春だったっけなぁ」  そんなに思い入れがあるなら、自分で見に行けばよかったじゃないですか……とは口が裂けても言えなかった。  代わりに僕は、気楽な口調でぼやいた。「あーあ、今回もハズレでしたね」  幽霊の正体見たり錆びチャリンコ。字余り。当初危惧していた野生動物オチと、どっちがマシだろうか。 「まぁまぁ、そう愚痴るなよ。私は大いに満足だよ。推理がうまくいった時ほど気分がいいことはない」 「そりゃあなたは楽しいでしょうよ、期待通りにコトが運んで」  僕の精一杯のイヤミを、部長は聞き流した。「おいそれと本物に出会えないから、超常現象は楽しいのさ。釣りと同じだね。根がかりやバラシを恐れて釣り糸を垂らすのをやめてしまえば、永久に何も釣れない」 「よくわからないけど、そういうものですかね」  誰がつけたか、僕らの呼び名は心霊探偵。正しくは民俗学研究部。  僕らのところには、今日も明日も真偽不明の怪奇譚が持ち込まれる。  そうした怪異譚は悪戯か、はたまた勘違いであることが大抵だ。けれど──時には本物と思しきものに出くわすこともある。  その一握りの本物を求めて、僕たちは日々依頼を解決し続けるのだ。  けれど、その活動も今日のところはおしまい。最終下校時刻を告げるチャイムが鳴り始め、僕はギシギシとうるさいパイプ椅子から立ち上がった。 「おや、もうそんな時間か」  ソファに陣取った部長は、露骨に不満げな顔をした。いつも飄々としている彼女だけど、この時ばかりはいくらかしおらしくなる。 「そう切なげな顔しないでくださいよ。また明日も来ますから」ドアの取っ手に手をかけつつ、僕は言った。「お疲れ様です」 「……ああ、失礼するよ。お疲れ」
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