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ドアを閉める直前、もう一度だけ室内を振り返った。
逢魔が時と呼ぶにはまだ明るすぎる、夕暮れの部室。ついさっきまで先輩が占めていたソファは、すでに空席になっていた。瞬きする間の出来事だった。
机の上には、ボールペンが一本放置されていた。片付けの苦手なあの人が愛用しているペン。出しっぱなしにしたまま退室したって、誰にも彼女を咎めることはできない。僕以外の誰にも、彼女の姿は見えないのだから。
いつから彼女がこの学校に憑いているのか、僕は知らない。なにしろ彼女自身、自分の名前すら忘れてしまっているのだ。五年や十年ではあるまい。彼女の制服のデザインは、僕ら現役生のそれとは異なっている。
真ヶ間彩子──それは請われるままに僕がつけてやった、かりそめの名前に過ぎない。彼女は気に入ってくれたみたいだけど。
時々、ふと考える。
彼女がこの民俗学研究部に留まり、海のものとも山のものともつかない怪異譚なんかを蒐集しているのは、自分の同輩を探すためではないのか、と。この学校に、ひいては現世に半永久的に幽閉された彼女の友達たりうる、この世ならざる存在。
そんなことを考えるたびに、僕はうっすらと悲しくなる。
僕では不足なのだ。
どれだけ彼女のために尽くしても、傍若無人な扱いに甘んじてみても、所詮僕は現世を生きる小間使に過ぎない。小間使でも構わない、と居直ったところで、いつかは卒業して別れなくてはならない。
どうすればいいのだろう? 留年を繰り返す? この学校の教師になる? けれどそんなのは一時凌ぎに過ぎない。悠久を生きる彼女にとって、そんな一時凌ぎはかえって残酷なのかもしれない。
それにそもそも、彼女は僕なんかに、本当にそばにいてほしいのだろうか?
相も変わらぬ結論なき考えに囚われながら、部室を施錠する。
今夜もきっと、うまく眠れないだろう。
県立野羽高校の民俗学研究部。
そこは幽霊部員の巣窟だ。
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