星屑を掴む

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そもそも家に電気がないってどういうことだ。 灯りも、電子レンジも、冷蔵庫も。スマホの充電だって思うようにできない。どうして俺が、こんな不便な生活を強いられなきゃならないんだ。 「唯一(ゆいち)、早くしないと肉が腐るぞ。さっさと歩け」 「家はまだかよ~。つか、あち~。コーラー飲みてぇ」 盛大に毒づいて、涼しい顔で前を歩く父親の後を追う。俺の方が背は高いし、断然若いのに、五十代くらいであろう父親を追い抜くことができない。むしろどんどん離されている。父親は両手に買い物袋を持つというハンデを背負っているにもかかわらずだ。 初夏の日差しのせいで、喉に何かが張り付いていそうなほどからからで、額からは汗がとめどなく溢れている。足もがくがくで、今にも崩れ落ちてしまいそう。この軽く二十度は超えていそうな激坂も、どんな嫌がらせだ。必死に足を前に出し続けるも、ゴール地点である家は全然見えてこない。 道の両脇には古い民家があって、大きく背を伸ばした木々が塀を乗り越え、飛び出してきている。それがまるで俺をバカにしているようで、無性に腹が立った。完全に被害妄想だとわかっているけれど、そんな思考がとまらない。 道路の舗装もきちんとされてなくて、ところどこころ穴が空いている。白線は薄く消えかかり、それが一瞬、蛇に見えて焦った。 父親の家の近くにはコンビニやスーパーがなく、買い物はこの坂の下にある古びたアーケード街までいかないとならない。しかも今しがたそこで「星野さんの息子さん? 可愛い~!」と、見知らぬおばちゃん連中に取り囲まれ、もみくちゃにされる始末。もう二度と行きたくない。 こんな不便なところに家を借りて、しかも電気なし生活をしているなんて。十一年ぶりに会った父親が、まさかこんな変なやつだとは思いもしなかった。 あー、今すぐにでも自分の家に戻りたい。帰ってゲームして、パソコンいじって、好きなもの食って好きなものを飲みたい。 俺はどんどん遠くなる父親の背中に、無意識に舌打ちした。
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