魚、爆ぜる。【水魚シリーズ#4】

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 白い道に紺の桔梗。黒く畝る夜の川。透ける青の向こうに橙色の尾鰭が揺らめく。舌の上に広がる塩辛い甘露に唾液が混じるのを、虫歯になりそうだ、と口の中で呟けば、悲しいような苦しいような鈍い針が胸を刺す。それすらも甘美だ。  心地良さを貪りたいのだけれど、途端に頭痛がする。  ずがんずがんと頭蓋に響く痛みは警鐘のようで、五月蝿くて何も考えられない。ただ、これ以上ここに居てはいけない、この先は要らないと、くっと目を瞑り、うずくまって耳を塞ぐ。  見せないでくれ。それは痛いんだ。  ◇  重い瞼を無理に持ち上げて、ベッドの上で身を起こした五郎は、ぼんやりと俯いたまま、敵前逃亡したような酷く惨めな気分でボリボリと頭を掻いた。  夢を見ていたような気がしたが、中身は思い出せない。幼い頃から定期的に見る悪夢なのだ。目が覚めると霧散してしまうので内容は分からないが、最悪な気分で朝を迎えさせられるので、いつものやつだ、と分かる。このところ頻繁なものだから、寝覚めが悪くて困る。  五郎は胸に燻る夢の残滓を深い溜め息で吐き出してしまうと、のそのそとベッドから降りて台所に向かった。蛇口から流れ落ちる新鮮な水をコップで受け、ぐいと仰いで空っぽの胃に流し込めば、頭は取り敢えず身体だけは活動を再開する。生き返った、いや、そうではない。 「ああ、今日も生きていたのか」  誰にともなく呟くと、酷くしょんぼりとした心持ちになった。それは、幼い頃、保育園に行きたくないと駄々を捏ねてしがみついたお気に入りの毛布を母親に引き剥がされたときの、あの、無力さの自覚と心細さとに似ていて。すっかり自立した大人となって、いっぱしに生きているはずの五郎には、尻がむずむずするようないたたまれなさがあった。  あの夢を見た朝は、いつも調子を狂わされる。不快だ、と切り捨てるように零して、五郎は出勤支度に取り掛かった。
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