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桜色の瞳
「堀田君!」
薬局で日用品の購入に来た、部活後。
背後から俺の名前を呼ぶ声がした。その声の持ち主は、一週間前に初めて出会ったクラスメート、栗野さんだった。栗野さんは綺麗な瞳に、栗色の柔らかそうな髪を持つ人物だ。
振り返ると、少し不安げな瞳の彼女がいた。きっと俺が長い間返事をしなかったから、人違いだと思ったのだろう。
「どうも、栗野さん。」
「こんにちは!堀田君。」
「栗野さん、こんな遅い時間にどうしたの?」
部活が終わったのが十八時を過ぎていた頃だったから、もう十九時くらいだろう。
「えっと………。っあ、弟が風邪を引いちゃっ て。薬を…買いに来たんだ。」
「そっか、あっと、お大事に。」
彼女が持っている袋の中には、大量の薬が
入っていた。きっと熱があるのだろう。
「ありがとう。」
彼女は満面の笑みでこう言った。笑窪ができる彼女の笑顔は向日葵のようだった。これは…ズルい。
「堀田君は?どうして?」
「あぁ、日用品を買いに。」
「お使い?」
「ううん。一人暮らしだから。」
そう、実家が田舎の俺は、この都会の高校に通うなら一人暮らしをしなくてはいけなかった。家事ができなくて苦労中だ。
「えっ!?そうだったの!すごいね。」
「すごくなんてないよ。家事できなくて困ってるし。」
「あっ、そっか。…じゃああの?」
「ん?」
「っあっ!いや…。弟が心配だから、帰るね。」
「あぁー。気をつけて。」
「うん。バイバイ。」
彼女が何を言いかけたのは気づいてはいたが、弟のこともあるし、暗くなってきてるからふれなかった。……気になりはするけど。
栗野さんと距離が縮まったのは
入学式の日______。
4月5日 入学式
「保護者様も新たな旅路を祝福されたことでしょう。___________。」
「_____________。新入生の皆さん、入学おめでとう。」
長ったらしい校長先生の話が終わり、教室に戻っていく。俺のクラスは、体育館から少し離れたB棟の二階の1−3だ。渡り廊下を通って階段を上がろうとした時だ。
少し上の段から悲鳴が聞こえ、顔を上げると人間の影があった。思わず手を構えると、その影は俺のところに落ちてきた。
______っドサ
「っあっぶな。」
「えっ。……痛くない。」
「あの、大丈夫、です、か?」
俺の手に支えられていたその人物と目があった。……女だった。栗色の髪からシャンプーの匂いがした。潤んだ目には、綺麗な二重と大きな涙袋。
「あっ…。大丈夫です!ありがとうございます。逆に大丈夫ですか?」
「…あぁ。全然、大丈夫、です。」
俺はきっと顔が赤かっただろう…。自分の心臓の音が分かる。
「よかった。ありがとうございました。」
彼女はそう言って一段一段しっかり確認しながら、のぼっていった。俺もめがねの位置を直して、上がって行った。赤い顔をかくしながら。
俺の席は、左から二列目の一番後ろだ。教室に入ってまず驚いたのは、さっきの子がいたことだ。落ちてきた女のことだ。俺は席につくと彼女を見つめていた。…バレない程度で。彼女の席は右から二番目の後ろから二番目だった。丁度よく見える。さっきはよく見ていなかったが、栗色の髪は肩までぐらいの長さで、笑うと笑窪ができる。
「おお!蓮!」
「っうわぁ!」
誰かと思ったら、谷健斗だった。こいつは小学校の時の友達だ。でも健斗は小学校三年の途中でこの都会に引っ越した。まぁまぁ仲良かったからショックが大きかったのを、覚えている。だが、健斗の提案で文通をしていた。最初は毎日のように手紙を書いていたが、お互い中学生になってからは全然書かなくなったが、こないだ急に……
_______ お前、どこの高校いくの?
って。ほんと面白い奴なんだよ、健斗は。
「お前、見つめ過ぎだよ!」
「はぁ!見つめてねぇーし!」
「いやいや、あの子だろ?ふわふわちゃん。」
「ふわふわちゃん?」
「そう、さっき落ちたから。」
「……お前、やっぱり変わってるな。」
「よく言われる。で、ふわふわちゃんのこと気になるの?」
健斗はニヤニヤしながら、問いかける。たしかにどうなんだろう。自分のことなのにわからない。でも彼女を見ると心臓が痛い。
「お前、顔赤いぞ。大丈夫か?生きてるか?」
マジで心配している健斗。こいつアホか。
もしくは天然!?
「顔が赤いなら、生きてるだろ。バカ!」
「バカって!ひどい!」
「はいはい。」
「席つけー!」
先生が教室に入って来て、健斗は席に戻った。だが、さっきの問いが胸に引っかかる。
俺は彼女のことをどう思ってるんだ?いやいや、待て待て。今日初めて会ったのに、こんなことを考える必要はない!
俺は頭をリセットした。
_____ キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時に教室から出ていく生徒。俺は席を立つと、健斗が駆け寄ってきた。
「一緒にゲーセン行こーぜ!」
「おう。」
「やった!お前に取ってほしいのがあるのだ。」
「…変なのじゃないだろうな?」
「はぁ?普通のだし!○○のぬいぐるみだし!」
「十分変だし!!」
「あの!」
俺らが話しながら、教室を出ようとすると、
落ちてきた女が声をかけてきた。
「おぉ。どうした?ふわふわちゃん」
「ふわふわ、ちゃん?」
「そう、さっき落ちてたから。ふわふわしてるなぁと思って。」
「なるほどです。あっ、でもちゃんと名前あるので。」
「……なんて言うの?」
健人と彼女の会話に割ってはいった。はいってしまった!
「えっと、栗野亜美です。」
「そのまんまだなー。」
「よくわかりません。」
笑いながらこういう彼女が可愛く見えた。
……俺はどうしたんだ。落ち着こう。
「えっと、お名前は?」
「俺は、谷健斗。よろしくな。」
「なんかイメージと違う、かっこいい名前ですね。」
「なに、それ!悪口!ひどいーよ!ふわふわちゃん!」
「冗談ですよ。」
また笑った。よく笑う子だな。
「俺は、堀田蓮。さっきは大丈夫?」
「あ、はい。お陰様で。えっと、堀田君。」
_____ 堀田君
今までたくさん呼ばれたことのある、この名字。彼女が言うと、特別な感じがする。俺相当、頭おかしくなったみたいだ。
「なになにー?なにしたんだ?蓮ー。」
「いや、なんでも。」
「えぇー。気になるじゃん!ふわふわちゃん、教えてよー!」
「イヤです。」
また…。さっきから健人に向けられた笑顔ばっかり。……ずりー。
「どうした、蓮?」
「いや、なんでも。」
健斗が何かを悟ってしまったらしい。気を引き締めなければ。
「亜美ー!帰ろー。」
「うん!じゃあ…。」
「じゃあな!ふわふわちゃん。」
「じゃあ。栗野さん。」
「また、明日。」
そう言って俺らは教室を出た。
「なぁ、蓮。ふわふわちゃんのこと、好きなの?」
「っ、はぁ?」
…しまった。声が裏返った。
「ハハハッ、バレバレだなぁ。」
「っは、違うし!!」
「誤魔化しても遅いって。」
「好きとかじゃねーし。その、えっと、あっと、気になるだけだし!」
「それ、ほぼおんなじ意味。」
健斗は大爆笑している。全然おかしくないのだけど。
「まぁ、たしかに可愛らしいよな。ふわふわちゃん。」
「…お前も、気になって、るのか?」
「あぁ、誤解するな。俺、彼女いるから。」
「はぁ?いつの間に?てか早く言えよ。」
「あ、わりぃ。転校した学校でな!めっちゃ綺麗だぞ!自慢じゃないけど、俺らラブラブだから!」
「ほー。よかったな。」
「興味ないな、蓮ー。」
よかった。健斗が栗野さんに好意を持ってなくて。
「あっ、噂をすれば。長閑ー!」
「あっ!健人!」
健斗は呼んだ相手に向かって、一直線に進んで行った。どうやら彼女らしい。
「紹介するよ。彼女の渡辺長閑。こっちは小学校の同級生の堀田蓮。」
「渡辺長閑です。五組です。」
「堀田蓮、健人と同じクラスです。」
渡辺さんは、黒髪ロングですっごく整った人だった。
「なっ!きれーだろ!」
「健人には、もったいないぐらい。」
「おい!言い過ぎだぞー!」
「あっ健人、今日パンケーキ食べに行かない?新作のベリーソース出たんだって!」
「あぁー!例の!気になってたやつじゃん!」
「そうそう!どうしても行きたいんだ。これ、期間限定だから。空いてるの今日しかなくて。」
「あぁー。でも、蓮とゲーセン行こうと思ってたんだけど…。」
「あ、健人。ごめん、急用思い出した。」
「え、あ、おう!じゃあな、蓮。」
「またな。」
渡辺さんは俺の言葉を聞くと、健人の腕を引っ張って行った。健斗は嘘だと勘付いたのだろう。とっさに手を合わせて、申し訳なさそうな顔をした。全然いいのだけど。
俺はポケットに手を突っ込み、バス停に向かった。バス停は学校の目の前にあるから、そこまで歩かずに済んで楽だ。
もう四月だというのに肌寒い。桜が風になびかれて散っていく。バス停につくと、散っていく花びらをぼんやり見ていた。
「あの、堀田、君?」
「っおわぁ!」
「あ、ごめんね、脅かすつもりはなかったんだけど。」
「え、栗野さん?」
「はい、栗野です。堀田君もバスなんだね。」
そう言うと、彼女はベンチに腰掛けた。俺も座っていいのか?いや、隣に座るのはまずくないか…。
「どうかした?」
「あぁ、いや、なんでも。」
「あの、座ったら?」
「…うん。」
俺は言われるまま、ベンチに腰掛けた。
「あっ、栗野さん、敬語が……。」
「あ、そういえぱ。気になる?」
「全然!あぁ、あっと、ウェルカム。」
「ウェルカム?ハハハハハッ!」
初めて俺に向けられた笑顔。そして、健人には敬語だったのに、俺にはタメ口!!
ダメダメ、ニヤけてしまう…。
「堀田君って面白いね!」
俺はニヤけを抑えるために、唇を噛み締めた。俺が面白い………。初めて言われた。しかも栗野さんに。
「あ、ありがとう。」
「あっ!堀田君、堀田君!桜が綺麗だよ!」
「うん、だな!」
いやいや、君のほうが綺麗だよ。俺は彼女の桜が映った瞳を見ながら、確信した。
_________ 俺は君が好きだ。
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