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第六章 セリーナの見た地獄
セリーナは遠い目をして語り始めた。
今からちょうど二十年前のある日、貧困街で普通に暮らしていたひとつの家族が、ある貴族に襲われた。両親は物心ついた歳の少女を守るために、逃がすために、命を擲った。少女の目の前で、両親を殺されたのだ。返り血を全身に浴びた少女は、貴族の名だけは聞いていた。セッリー家の者達だと。骸をそのままにして、必要最低限のものだけ持って、泣きながらその場から逃げ出した。本当は弔いたかった。だが、その時間もなければ、心の余裕もなかった。持ってきたのは大口径のリヴォルバー二挺。
――これと、両親から教わった知識を武器に、ここから這い上がってみせる。
少女はそう心に決めて、寝る間も惜しんで練習を続けた。弾は使わずに、リヴォルバーの動作と反動がどれくらいなのかを、何度も試し、反射的に動かせるようになるまで、身体に覚え込ませた。
橋の下で隠れるように、息を潜めるように、生活をし続けて、二年が過ぎた。
技術を身につけた少女は、初めての依頼を受けた。問題なく、言われた人物を殺すことができた。しかし、その日の夜。異変が起こった。橋の下で身体を丸めていたが、いっこうに眠れない。殺した人間の最期の顔が消えてくれないのだ。
少女は混乱しながら思う。
人が死ぬ姿は幼いころに見たけれど、人を殺したのは、今回が初めてだった、と。
――もう、引き返せない。殺す以外の方法がなかった。一線を越えてしまったんだ。この手はもう穢れてしまったんだ。
少女はそう思いながら、泣き続けた。
それからしばらく時が過ぎ、少女は思った。
――頼れるのは自分と、この腕だけ。もう、失うものはない。だから、なんだってやれる。
少女は感情の見えない顔をしていた。
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