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  *  *  *  初めは見間違いかと思った。けれどこうして家に連れて帰り、眠っていても、彼の耳は長く、白くふわふわの毛に包まれた、動物で言うならうさぎの耳のままだった。 「……どうなってるんだ?」  冷えた体を毛布で包み、ソファに横にした少年の寝顔を見つめ、三角(みすみ)(すぐる)はため息を吐いた。  取引先との会食を終え、店の前につけてもらった車に乗り込もうとした時だった。少し前の路地で揉めている少年と酔っ払いを見かけ、優はそれに動きを止めた。初めはこの界隈にいる男娼かと思ったが、どうやら様子が違うらしく、助けに入った。  その結果がこれだ。面倒事が嫌いであまり他人と深く関わることなく過ごして来たというのに、たまに関わってみたら相手にうさぎの耳が生えている――こんなことがあるだろうか。 「……まあ、さしずめよく出来たおもちゃだろ」  優はそう結論付けて、少年の傍を離れバスルームへと向かった。少年はずぶ濡れだったから、彼を抱えてきた自分も同じように濡れてしまっている。本当は彼も風呂に入れてあげたいところだが、さすがに勝手に脱がすわけにはいかない。  優は脱衣所に入り、濡れたスーツを脱ぐとそのままバスルームへと入り、シャワーを浴び始めた。  五か月前、父親が還暦を迎えたことをきっかけに、優は父からミスミグループの中の一つの会社であるミスミ観光の社長の椅子を受け継いだ。それまでは、ミスミ観光の営業として働いていたので、突然の就任に周りはもちろん、世間的にも話題になった。  それを境に、それまで付き合いのあった同僚と会うことはなくなり、世間体のために引っ越した広いこの部屋は、広すぎていつも寒い気がした。これまで一人でも平気だったのに、今はどこか寂しく思うことがある。  少年に声を掛けたのは、きっと自分のそんな寂しさと共鳴してしまったからなのだろう。捨て犬のような彼を放っておけなかった。  しかし、これからどうしたらいいものか、と思いながら、シャワーを止めた、その時だった。  リビングから小さな悲鳴が聞こえ、優は慌ててバスルームを出た。脱衣所に置いてあるバスローブを羽織り、腰ひもを結びながらリビングへと急ぐ。  予想通り、少年が起きて、その状況に驚いているところだった。 「慌てなくていい。具合の悪いところはないか?」  遠くから優が声を掛けると、未だに怯えた顔をした少年がこちらを見やった。しばらく見つめてから、何か思い出したのだろう、あの、と口を開いた。 「さっきは、ありがとうございました。そ、それと……あの……」  少年は自らの頭に触れ、耳の存在を確かめてから、泣きそうな顔で言葉を繋いだ。 「これのこと……忘れてください……」 「よくできたおもちゃに見えるが、違うのか」  優が言うと、そっか、と少年が表情を変える。今更、そう言えばよかったのか、と思ったらしい。その様子に優が思わず笑ってしまう。 「……お兄さん、笑うと優しい顔になる……」 「え?」 「あ、いや、ごめんなさい……なんでもないです」  手元に視線を向けた少年に、優は少しだけ近づいた。ソファの傍にしゃがみ込み、視線を合わせる。 「三角優だ。君は?」 「……兎田(とだ)明、です」 「明くん、まずは体を温めてきた方がいい。話はそれから聞く」  優が言うと、明は戸惑いの表情のまま、それでも素直に頷いた。  明にタオルと着替えを持たせバスルームへと行かせると、優は濡れた毛布を畳みながらため息を吐いた。 「怯えさせるつもりはないんだが……」  元々目つきが鋭いと言われ、身長が高いせいもあるのか、女性や子供からは距離を取られる方ではあるが、あんな風に怯えていたのはきっと、彼にとって秘密であるあの耳のことを自分が知ってしまったからなのだろう。  バスルームから戻って来た明をどんな顔で迎えたらいいのか――全く分からなくて、とりあえず自分も着替えて温かい飲み物でも用意しておくか、と動き出した。
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