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「……もうスケジュールは動かせませんよ、社長」 「分かっている。だから狐高に頼んでるんだ」  会社に着くと、狐高に事情を話し、今日は夕方までには帰ると言った。当然狐高はいい顔をしない。 「本当にお一人で視察に行くつもりですか? 昼の会食も、お一人では不自由かと思いますが……」  社長室の自分のデスクで朝のメール確認をしている優に、狐高が心配そうに言う。優はその言葉に頷いた。 「秘書は急病ということにでもしておく。まあ、あながち嘘でもないからな」  実際に第二秘書である明は体調不良で休んでいるのだ。本当のことではある。 「それで私には一日で社長がやるはずの決裁処理をしろと……うさぎの為に」  狐高の表情が苦く歪む。狐高にとって明は歓迎するような存在ではないのだろう。確かに狐高の仕事を増やしてしまっているし、もし狐高が以前言っていた、自分を番にしたかったという言葉が本気であるのなら、それを邪魔した存在でもある。そんな明の為に動かなくてはいけないとなると気分のいいものではないだろう。 「迷惑をかけていることは充分承知している。明が落ち着いたら、俺のことも明のことも顎で使って構わないから、今日だけ、ワガママを聞いてもらえないだろうか」  優がデスクの前に立っている狐高に言うと、その口元から大きなため息が零れる。 「その言葉、この先何度も聞くことになるんでしょうね。そしてその度に了承してしまうんでしょうね」  そんな自分が嫌ですが仕方ないです、と言って狐高は自分のデスクに戻り、キーボードに触れた。 「スケジュールを見直します。視察を午前中に終わらせられるように変更して、会食が終わり次第ご帰宅できるようにしてみます」 「ありがとう、狐高。助かるよ」 「社長のためです。うさぎのためではありません」  お間違えないように、と釘を刺され、優は頷いた。 「助かるよ」  優がそう言った時だった。社長室のドアがノックされる。狐高が立ち上がりドアを開けると、そこには若い社員が立っていた。 「おはようございます。昨日お渡しした資料に不備があったので修正版をお持ちしました」  その社員はそう言いながら狐高にファイルを手渡した。 「確かに受け取りました。戻っていいですよ」  狐高がファイルを受け取り、社員に軽く頭を下げる。けれど彼は狐高の奥をちらりと覗いてから、あの、と口を開いた。 「兎田くんは……お休みですか?」 「……本日は体調不良で欠勤しています。何か、用事があれば明日伝えます」 「あ、いえ、用事と言うわけでは……」  狐高が少し冷たく返すと、彼は慌てて首を振り、それから、失礼します、と頭を下げてその場を後にした。 「……明の知り合いか?」  優は狐高が閉めたドアを見つめ狐高に聞いた。 「さあ……営業部所属のようですが……お調べしますか?」 「いや、いいよ。今日は時間がもったいない」 「分かりました。では、視察の時間の調整をします」  狐高がそう言うと、自分のデスクの上の受話器を手に取った。それを見て、優はただ明の元に早く帰ってあげたいと思っていた。
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