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優が仕事に行ってから、明は累にさんざんメッセージを送って、返信も待たないままに眠りに落ちていた。
優とケンカなんかするつもりはなかったのに、体の調子が悪いことと、優が自分を置いていく寂しさでどうしようもなかった。
泣きながら眠ったせいだろうか、喉が渇いて、明はゆっくりとベッドを降りた。
ベッドに転がしたままだったスマホを手に取ってから寝室を出る。スマホには累からの返信が入っていた。
『優サン、なるべく早く帰るって言ってくれたよ。明も、体大事にしないと、優サンとちゃんと番えないよ』
そんな言葉を見て、明は小さくため息を吐いた。
分かっている。自分が言ったことがワガママだということ、それで優を困らせてしまったこと、それは承知していた。それでも優の傍に居たかったのだ。
リビングを通り、キッチンへ向かう途中、ダイニングチェアの背もたれには、白いタオルが掛かっていた。今朝は明が優を困らせることで時間を費やしてしまったせいで慌てて準備したのだろう。洗面所にタオルを戻せないまま部屋を出て行ったことが分かる。
明はそのタオルを手に取った。優の香りがする。
「優さん……」
ぎゅっとタオルを抱きしめると、すぐ傍に優が居るような気がして少しほっとした、その時だった。
手にしていたスマホが震え、明は驚いて画面を見つめた。
「永兎さん……?」
メッセージアプリを起動して来たばかりのメッセージを読む。そこには、心配でお見舞いに行きたいんだけど、とあった。体調不良で休んでいることを知っているらしい。
大丈夫です、と返し、明はため息を吐いた。永兎が心配してくれているのは嬉しい。けれど、ここに住んでいるのは明だけではない。優の許可もなくこの家に親類以外の人を入れるのはダメだろう。
そうしていると、今度は電話の着信が鳴った。明がそれに、はい、と応じる。
『兎田くん? 大丈夫って……ホントに? 今一人なんでしょ? 同じ種族として心配だよ』
「……ありがとうございます。でも、ホントに大丈夫です」
『そうか……でも、もうお見舞いも買ってしまったし、届けるだけ届けたいんだよね。玄関先で渡すだけでいいから、会えないかな?』
お見舞いにアイスクリーム買っちゃったんだよ、と言われ、明は逡巡した。会えるかも分からないのにお見舞いを買ってしまうのはどうかと思うが、自分を思ってしてくれたことだと思えば無碍にも出来ない。
『渡したらすぐに帰るから。そのくらい、いいよね? 仲間なんだし』
永兎の言葉に明はゆっくりと、分かりました、と答えた。住所を伝えると、永兎は、ありがとう、と答える。
「あの、一階にコンシェルジュさんがいるので、その人に託して頂いてもいいですから」
『……え? せっかくお見舞いに行くって言ってるのに会わないつもりなの?』
永兎の声が少し低くなり、明はぎゅっとスマホを握りしめた。
「……いえ……お待ち、してます……」
うん、すぐ行くから、と言われ、電話を切った明は震える指先を握りしめたまま、その場に座り込んでしまった。
今話していたのは永兎で、父でも兄でもないのに、あんなふうにこちらが悪いことをしているように言われると怖くなる。嫌と言ってもいいと優から言われているのに、実際に言われてしまうと拒めなかった。
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