【8】★

1/2

1460人が本棚に入れています
本棚に追加
/61ページ

【8】★

* * *  狐高の協力もあって、優はいつもよりもペースを上げて仕事をした結果、夕方を待たずに家に帰ることが出来た。駐車場に車を停め、急いでエレベーターに乗り込む。ゆっくりと上るそれがもどかしかった。  本当は明に連絡をしてから帰った方がいいのだと思う。けれど、こうして突然帰ってあげた方が喜ぶような気がして、優はあえて連絡をしていなかった。  ようやく自分の家の前に着き、優は鍵を開けた。 「明、まだ怒ってる? 具合はどう?」  玄関ドアを開け、優が中にそう声を張る。けれど中からの応答はなかった。それどころか、玄関の床には明のスマホが落ちていて、明のスニーカーもあちこちに転がっている。 「……明?」  いつもと違う様子の自宅に、優の心臓はどくどくとテンポを上げ始めた。玄関に落ちている明のスマホを拾い上げ、中へと進む。 「明? 居る?」  リビングに入ると、ダイニングチェアが転がっていた。その奥を見るとクッションやリモコンが床に落ちている。  まさか何か発作でも起きてどこかで倒れているのではないだろうかと、優は寝室のドアを開けた。ベッドは乱れていたが、そこに明の姿はない。 「明?」  リビングにも寝室にもいない。これだけ静かだから、バスルームにいるというわけでもなさそうで、何よりスマホがあんなところに無造作に転がっていることが異常だ。  スマホがここにあるんじゃ連絡を取ることも出来ない。外に行っていたらどうしようとため息を吐いた、その時だった。  リビングの方から小さな音がして、優はそちらへと戻った。テラスへと出るための掃き出し窓の方から聞こえた気がして近づくと、窓の向こうに人影が見えた。優が慌てて窓を開ける。 「明?」  テラスの端で小さくうずくまっているのは、間違いなく明だった。白く長い耳が痛々しく震えている。優が慌てて近づいた。  明の肩に触れた途端、明はびくりと体を震わせ、顔を上げた。 「……すぐ、る、さ……優さん!」  ずっと泣いていたのだろう、真っ赤な目でこちらを見上げる明の顔は可哀そうなくらい不安そうだった。 「明、遅くなってごめん。もう大丈夫だよ」  明の肩を優しく抱き寄せ、優が言うと、明は思い切り優に抱きついた。 「優さっ……ぼく、ぼくっ……!」 「うん、もう大丈夫だから」 「もっと……優さん……」  明が優の胸に頬を寄せ、体をぴたりと付ける。そうされて、優は初めて明がいつもと違うことに気付いた。そういえば、さっきからふわりと明の香りが漂っている。 「明……ひょっとして、発情してる?」  抱き寄せた体が熱い。優はそう聞きながら明を抱き上げ、室内へと戻った。ソファに下ろし、横にするが、明は優の背中に手を廻したまま、離そうとしない。 「明、病院に連絡して来てもらおう」  即効性の鎮静薬があるかもしれない。とにかく目の前の苦しそうな明を救いたくて優が腕を解こうとするが、明はそれを嫌がり、首を振った。 「優さんに触って欲しい……抱いてください、優さん」  優の耳元で明の熱い吐息と共に囁かれ、優の中に火がともる。少し距離を取り明の顔を見つめると、その瞳が艶やかに潤んでいる。火照った頬と、赤く色づいた唇から零れる吐息に、優の体が反応しないわけはなかった。  抱きたい。めちゃくちゃに、奥まで全部自分のものにしたい――そんな欲求が顔を出しそうになり、優は大きく深呼吸した。 「触るだけな」  優はそう言うと、明の履いていたパンツの前を寛げた。もう色を濃くしてしまっている下着の中から明の中心を取り出す。明はそれだけでびくりと体を震わせた。敏感になっているのだろう。先からは既に蜜が溢れ、優の手もすぐに濡らしていた。 「す、ぐるさ……もっと……」  ゆっくりと動く手がもどかしいのだろう。明がこちらを見上げ泣きそうな顔で言う。優はそれにやさしく頷き、分かってる、とその額にキスを落とした。 「大丈夫、明が満足するまで触ってあげるから」  明の求めるように激しく触れることだってできた。けれど、そんなことをしたらこちらが煽られ、最悪明を傷つけかねない。それは嫌だったので、自分の理性が保てる範囲で触れることしか出来なかった。  もどかしいけれど、相手の要求に応えるだけが愛ではないのだと思うのだ。 「優さん……好き……好きです……」  何が引き金でこんな状態になったのかは分からないけれど、明が今、とても不安なことは分かる。優は空いた片腕で明の体を抱きしめ、耳元で、俺もだよ、と囁いた。  その瞬間、明の体が痙攣のように震え、優の手の中の中心が固くなる。そのまま白を吐き出したが、少し緊張が解けただけでまだ中心の熱は冷めなかった。  少しだけ落ち着いたのだろう、明がそんな自分を見て、赤くなって唇を噛んだ。 「……気にしなくていい。明は今、普通ではないのだから」 「でも、こんな……」 「いいんだよ。もっと、俺に触らせてくれる?」  優が明の髪を撫でて、微笑む。明は優を見上げ、ゆっくりと頷いた。 「……好きだよ、明」  囁いてから、キスをする。明はそれを受け入れ、優の背を抱きしめた。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1460人が本棚に入れています
本棚に追加