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* * * 「今日は不本意ながら、あなたの世話をすることが私の仕事です」  翌日の朝、優と入れ替わる様に部屋に訪れたのは、狐高だった。未だに狐高が苦手な明は、この人と二人きりだと思うとにわかに緊張する。 「あの……不本意なら、帰っても……」 「いいえ。ですから仕事だと言いましたよ」  狐高は部屋に入るとまずはキッチンへと向かった。手にしていた紙袋から次々に食材が出て来る。それらを作業台に並べながら狐高がこちらを見やる。 「朝食はまだだと社長から伺ってます。食欲はありますか?」 「……はい。あの、でも……」  明が狐高に近づくと、そのキレイな口元から大きなため息が漏れた。 「……今日は永兎が休みを取っています。念のため誰かが傍に居た方がいいと判断したのは社長です。まあ、あなたからすれば、社長に傍に居て欲しいところだと思いますが、私で我慢してください。これは、私の嫌がらせです」  甘んじて受けてください、と狐高が言う。それからテキパキと朝食の準備を始めた狐高に、明は首を傾げる。それを目の端で見ていた狐高が言葉を続けた。 「私は、ずっと社長のことを慕っていました。番になりたいという意味で」  その言葉に明は驚く。言葉がでない明を置いて、狐高はそのまま話を続けた。 「仕事のパートナーと認めて貰えても、気持ちまで受け取っては貰えず……そのうち、あなたという運命に出会ってしまった。正直、こんな子どもでバカで何の取柄もないうさぎなんか、どうして選ぶんだと思いました」 「……こどもでバカで取柄もない……」  全部当たっているので何も言い返せないが、ダメージは大きい。明が狐高の言葉を繰り返すと、さすがに本人に言うのは拙かったと思ってくれたのだろう、ひとつ咳払いをしてからまた話し始めた。 「と、とにかく、そんなあなたを社長は選んだ。そして、大事にしている。好きな人が大事にしている人です、大事にしないわけにいかないじゃないですか」 「……狐高さん……」 「あなたは放っておくとろくなことしませんからね。監視ですよ、監視」  決して心配だからではありません、と狐高が作業に戻る。その姿を見て、明はなんだか少し嬉しくなっていた。監視だと言いながら、こうして朝食を作ってくれている。仕事だと言うなら手っ取り早くコンビニで何か買ってきてもいいはずなのに、わざわざ作ってくれているのは、体調を崩している明のためなのだと分かる。そこにはやはり狐高の気持ちが入っているのではないかと思うのだ。  狐高は不器用なだけで、本当は優しいのかもしれない。 「……ありがとうございます、狐高さん」 「礼なら社長に。私は仕事だと、先ほども言いました」  仕事に礼など必要ありません、と狐高は相変わらずの冷たい口調で答える。けれど手元では明のために料理をしてくれていて、それが嬉しくて、明は笑顔のまま、はい、と頷いた。
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