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少し眠った方がいい、と狐高に背中を押されながら渋々ベッドに入った明が次に目覚めたのは、優の自分を呼ぶ声を聞いた時だった。
「……優さん?」
「目が覚めた? 明」
ベッドの縁に座り、こちらをやさしく見下ろす優を見上げ、明は頷いた。
「おかえりなさい」
「ただいま。体調はどう?」
明が手を差し出すと、優はそれを掴んでくれる。明の手を引きながら背中を支えてくれる優に身を任せ、明は起き上がった。
「はい……平気です」
まだ少し体のだるさは残っているが、腹部の違和感はほとんどない。明が優に微笑むと、優は、良かった、と明の頬を撫でた。
「狐高からちゃんとご飯を食べて眠ったと聞いたよ。あと……永兎という社員の事も」
優の言葉に明が眉を下げる。同じ種族だからと気を許してしまっていた自分が悪い。けれど、狐高も優もそれを咎めたりしない。
「ごめんなさい、優さん……ぼくが、気をつけていなかったから……」
明が言うと、いや、と優が明を抱きしめた。
「明がこちらに来て、頼れる人も少ないのに、仕事を理由にして一人にし過ぎた。狐高からも言われたよ、もっと社長の立場を利用して一緒にいてあげたらいいって」
アイツがこんなこと言うんだから余程だな、と優が微笑む。それからすぐに言葉を繋いだ。
「明、調子がいいなら、少し出かけないか?」
「出かける?」
「そう。明の体調がよければ、今日行きたいと思ってるところがあるんだ」
「行きたいところ、ですか……」
明はそう聞きながら布団から出て、優の隣に座る。優はそんな明の肩を抱いて、頬にキスを落としてから立ち上がった。
「出かける準備ができたら声を掛けて」
リビングにいるから、と優が部屋を出ていく。明はそれに頷いてから立ち上がった。ベッドの横にあるサイドボードに置いたスマホを手に取り画面を覗く。時間は午後四時を過ぎたところだった。こんな時間からどこに行くのだろう。
明は首を傾げながらも優に言われた通り着替えを済ませリビングへと出た。
ソファに座っていた優を見つけ、明がそれに近づいた。
「優さ……」
声を掛けようとしたが、その手にスマホ、膝にはタブレットが置かれ、仕事中だと分かり、明は途中で言葉を呑み込んだ。
明の気配に気づいた優が振り返る。
「――ああ、それはそのままで構わない。急ぎの用件がなければ、明日の出社後に目を通して決裁する」
何かあればまた連絡してくれ、と言うと優は電話を切り、明を見上げ微笑む。
「着替えたね。じゃあ、行こうか」
スマホとタブレットをカバンにしまい込むと、優は立ち上がり明の手を引いた。
「こんな夕方からどこに行くんですか?」
「明もよく知った場所だよ」
明を連れて家を出た優は、駐車場に止めてある車に明を乗せ、すぐにそれを走らせた。
家を出た時はまだ明るかったのに、車窓はすっかり暗くなっていた。それでもまだ優が車を止める気配はない。それどころか、地理に疎い明でも分かる道に出てきている。
「優さん……もしかして、向かってるところって……」
「分かった? 明の家に向かってるよ」
隣で前を見つめながら微笑む優がそう言う。明はそれに驚いて、どうして、と口にした。
先日も行って、櫂には認められないままに帰って来たところだ。優にとっては最低な扱いをされたところで、もう行きたくないところではないかと思う。
「明が育ったところだからね。そこがいいと思ったんだよ」
優の言葉から、ただ遊びに行くのではないことは明にも想像できた。けれどそれがなんなのか、そこまでは分からず、明が少し不安になる。
それが表情に出てしまったのか、ちらりとこちらを見た優が、腕を伸ばして明の頭をやさしく撫でた。
「大丈夫。きっと、明にとってもいいことのはずだから」
明は優の言葉にゆっくりと頷いた。どうしてだろう、優から出る『大丈夫』という一言だけで本当に心が凪ぐのだ。
「はい」
明は頭に乗った優の手を引きよせ、両手で包み込む。優はそれを一度解き、改めて明の右手を包み込んだ。
「危ないから、少しだけな」
繋いだ手の温かさに安心した明は、優の言葉に大きく頷いた。
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