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「……確かにセックスが番う行為だとは聞いたが……」
完璧に準備された初夜のための部屋というのは、なんだか落ち着かない。もちろん、明を抱かない選択肢など初めからないのだが、この部屋で明は緊張しないかと優は首を傾げながら、羽織の袂に入っている小さな箱を取り出した。
家族の前で、とも思ったのだが、宴会に近い形になってしまったこともあり、やっぱり二人きりの時にちゃんと渡したくて、優はそれを今まで隠し持っていた。
ふたを開けると、銀色のリングが二つ納まっている。つい先日作ったばかりの結婚指輪だ。累に明の指のサイズを聞いたから、おそらくぴったりだろう。累は、明のサイズを熟知していて、兄弟なら当然だろ、と言われそのブラコンぶりを見せつけられたが、今回はそれに礼を言う形になった。
どんな顔で喜んでくれるだろうか、と考えていると部屋のドアが開く音がして、優は振り返った。そこには明が立っている。
「優さん……櫂兄がここで待ってるって……」
明の目に一番に飛び込んできたものも、部屋の真ん中に敷かれた布団だったのだろう。恥ずかしさで赤くなっている。
「うん、待ってたよ。とりあえず、座ろうか」
明の手を取り、布団の上に腰を下ろす。明は赤い顔のまま、優の向かい側に座り込んだ。そんな明の手を握ったまま優が明をまっすぐ見つめる。
「……悪かったね、明。急に連れてきて、一方的にこんなことをして……」
優が謝ると、明は大きく首を振った。それからゆっくりと口を開く。
「……正直、すごくびっくりしました。でも、すごく嬉しかったです。大事な人たちに祝ってもらえて……ぼく、幸せです」
明が優の目を見つめ、微笑む。優はそんな明の前に指輪の入った箱を差し出した。
「俺と明はもう家族だと思ってるけど、やっぱり目に見える証が欲しくて……受け取ってもらえる?」
箱の中に並んだリングを見た明が驚いた顔をする。けれど次の瞬間にははらはらと泣き出してしまった。喜んでもらえると思っていた優は、当然ながら慌ててしまう。
まさか泣かれるなんて予想外だった。しかも、ほろりとか、そんな次元ではなく、嗚咽を漏らすほど泣かれると、さすがに優もどうしたらいいのか分からなくなる。
「……め、明……ごめんな……でも、何が悪かったか、教えて、貰えるか?」
明の肩を撫で、優がしどろもどろに声を掛ける。明はその言葉に首を振って顔を上げた。
「ちがっ……悪く、ない……ぼく、こんな、幸せになったら……明日、何かよくないこと、あるんじゃないかって……怖くて……」
「……え?」
「だって……いいことと悪いことは誰でも半分ずつだって……昔、おばあちゃんが……」
だから怖いんです、と再び涙を流す明に、優は小さく安堵の息を漏らした。それと同時に、なんて可愛らしい理由で泣くのだろうと、明がもっと愛しくなる。
「明……結婚って、いいことも悪いことも分け合うことが出来るんだ。だから、明が感じる幸せの半分は俺のものだ。だから、何も不安に思うことはない」
優はそう言うと、そっと明の肩を抱き寄せた。それからやさしく明の頬を手のひらで拭う。
「優さん……」
「明には俺がついてる」
優はそう言うと、箱からリングをひとつ取り出して、明の左手を取った。薬指にそっとリングをはめる。予想通り、サイズはぴったりのようだった。
「明も俺に付けてくれる?」
明は頷いて優が差し出す箱からリングを手に取った。そのまま優の左手にリングを差し出す。リングが薬指に収まると、明は顔を上げ、こちらに微笑んだ。
「……好きです、優さん」
「俺もだよ、明」
真新しいリングがついた手を重ね、優は明にキスをする。そのままキスを深くして、明を布団に組み敷いた。明から少し離れ、優は明の様子を窺う。怖がったり恥ずかしがったりするようなら、今日この場で繋がるつもりはなかった。番になるという行為は、きっと明にとって特別な事だ。お膳立てされたようなこの場は嫌だというなら、もっと自然な形でしてもいいと思っていた。
「優さん……ぼく、優さんと番いたいです……今日、ここで。……抱いて、くれますか?」
「当たり前のことを聞くな」
明の言葉に優がそう答え、キスを落とす。明の腕がゆっくりと優の背中に廻った。
「……やっと、優さんを一人占めできますね」
「……割と前から、俺は明だけのものだよ」
優が明の耳元で囁く。それを聞いて明はぎゅっと優を抱き寄せた。
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