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 優も明もすぐに仕事に向かわなければいけなかったので、余韻に浸ることもなく早々に優の車で実家を後にした明は、助手席に収まったまま、左手のリングを見つめていた。  フロントガラスに向けて手を広げ太陽で光る銀の指輪は本当にキレイだ。  ニヤニヤが止まらない明の横で、優がくすりと笑う。 「気に入ってくれた?」 「もちろんです! だって、これは優さんと番っていう証なんでしょう?」 「そうだよ。一生一緒っていう証だ」 「一生……優さん、このまま指輪付けて仕事に行ってもいいですか?」 「もちろん。俺もこのまま行くつもりだ」  明の言葉に頷いた優がそう答える。きっと優が指輪なんて付けて出社したら大きな噂になるだろう。相手は誰だと詮索されるかもしれない。それが自分だと分かった時、誰から何を言われるか――想像もつかなくて少し怖い。  そんな明の思いを感じたのか、交差点の信号で車が止まったタイミングで優が明の頭を撫でた。明が優を見上げる。 「大丈夫。俺が居るよ」 「優さん……」 「それに、明はいつか母親になるんだろ? 母親は最強なんじゃなかった?」  優が微笑んで言う。その言葉に、明は自分の母を思い出して大きく頷いた。 「はい! 今から楽しみです」  ようやく笑顔を見せることが出来た明に、優がやさしいキスを落とす。それを受け取って明は再び微笑んだ。 「僕、やりたいことがいっぱいあるんです」 「やりたいこと?」 「はい。狐高さんに教えてもらった仕事をちゃんとこなすこと、あと狐高さんに料理も教えてもらわなきゃ。それと……優さんがやさしくて立派な社長だって、みんなに知ってもらうんです!」  明が自信いっぱいに言うと、優は驚いた顔をしていた。 「随分狐高と仲良くなったんだな。それに俺のこと、とか……」 「まだ、どうしたらいいのかは分からないんですけど……優さんのやさしさとか、カッコよさとか、いずれ絶対に伝わるはずなんです!」  明が真剣な顔で優を見つめる。優は少しはにかんだように、ありがとう、と笑ってからゆっくりと再び口を開いた。 「……明、天気もいいし、このまま少しドライブしてから出社しようか」  信号が青になり、運転を再開した優が楽しそうに言う。明がそれに驚いて、え、と口を開いた。 「でも、お仕事が……」 「今日は特別。後で二人で狐高に怒られよう」  優がこちらをちらりと見て、少年のような笑みを浮かべる。明は少し戸惑ったが、ハンドルを握る優の左手に右手を重ね、優を見上げた。 「旦那様と一緒なら、どこだって一緒に行きます」  優と一緒なら何も怖くない。明のはっきりとした言葉に優が、そうか、と頷く。 「じゃあ、俺は大事な奥様をいつでも笑顔にするように努力するよ」  優が重なった手をちらりと見てから答える。明は優の言葉に頷いた。 「愛してます、優さん」  明が優の横顔を見つめ微笑む。優はそれに少し困った表情を作ってから、明、と口を開いた。 「どうして今言う? 運転中じゃ、明を抱きしめてキスして、愛してるって返してあげられない」  少し不機嫌な優に明がくすくすと笑う。 「だったら、帰ってからたくさんしてください」 「……覚悟してろよ」  今日はさっさと仕事終わらせてやる、と言う優に明が、はい、と答える。すると、ちらりとこちらを見た優が、明、と呼んだ。明が優に視線を向ける。 「愛してるよ」  やさしい言葉に明の胸がきゅんと高鳴る。もう我慢できない。どのくらい幸せか優に伝えたい。 「ぼくもです!」  明はベルトを外し、そのまま優に抱きついた。一瞬車が蛇行し、優はもちろん、明も驚く。怒られるかと思ったが、優はそのまま大きく笑い出した。 「ホント、明は突拍子もないな……出会った時から」  ほら、ベルトして、と優が明の頭を撫でる。明は言われた通りにしながら優と出会った時を思い出していた。  スマホが壊れて累のところに行けなかったこと、優の目の前で連れ去られそうになったこと、優が自分を助けてくれたこと――全部が運命に思える。 「でも、俺はそんな明で良かったと思ってるよ。出会えてよかった」 「ぼくもです。ぼくも、優さんと出会えて……こうして隣にいられてよかった」 「ずっと、こうして隣にいよう、明」  優が前を見つめたまま告げる。明も優と同じように前を見つめた。朝の露にキラキラ光るアスファルトはまっすぐに続いている。それが自分たちの未来のような気がして、明は笑顔で、はい、と頷いた。
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