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恋するうさぎが溺愛社長と番った後は
「おはようございます、社長……と、兎田くん」
社長室に入ると、そこで待っていた狐高がそう二人を迎える。前半はにこやかな笑みで、後半は能面の様な顔で言われ、明は苦く笑って、おはようございます、と返した。
そんな狐高と明を見て、隣で優がくすりと笑う。
「おはよう、狐高。あまりうちの妻を苛めないでくれないか」
「……職場に来た瞬間から、兎田くんは社長夫人ではなく第二秘書、私の部下です」
狐高が珍しく優に噛みつくように答える。
「それもそうだな。明……いや、兎田くん今日も一日よろしく」
狐高の言葉を受けて、優が明に微笑む。明は優を見つめ大きく頷いた。
「はい! 頑張ります!」
明が言うと、じゃあ早く仕事始めてください、と狐高が静かに告げる。明はそれにも元気に、はい! と答えた。
ささやかな結婚式をしてから一週間、二人は甘すぎる蜜月の中に居た。けれど、優の社長という立場上、易々と休みばかりを取ることは出来ず、二人は忙しい日々に戻っていた。
本当はもっと優の傍に居たいし、その腕の中にくるまっていつまでもイチャイチャしていたい。
「……でも優さんが忙しすぎるしなあ……」
そう言ってため息を吐いた明は、社員食堂の片隅で目の前のテーブルに突っ伏した。
今日は、優は昼食を兼ねた会合に狐高と行っている。明は事務仕事を片付けながら留守番だ。
「兎田くん?」
そう呼ばれ、明は驚いて顔を上げた。目の前には永兎がトレーを持って立っていた。明の体がびくりと震える。まだやっぱりこの人が怖い。
「あの、えっと……」
「あー、ちょっ、ちょっと待って! 大丈夫、大丈夫だから、逃げないで!」
立ち上がろうとした明に永兎が懸命に訴える。まだ不安で永兎を見上げると、その顔が寂しそうに歪んだ。
「ホントに、ごめん。兎田くんを怖がらせておいて、こんなこと言うのも言い訳っぽくて信用できないと思うけど、あの時の俺は普通じゃなかったんだ」
ごめん、ともう一度謝る永兎を見て、明は困って視線を泳がせる。それでも意を決したように、もういいです、と口を開いた。
「あの後、ぼくが原因で永兎さんを巻き込んだんじゃないかって思ったんです」
明の体が優を番と認め、その形を変える時にどうしても体の中のバランスが崩れ、フェロモンも出てしまうのだと聞いた。それを感じやすい同族には大きく影響してしまったのだろう。優と正式に番になって、明の心も体も落ち着いた今だから、そんなふうにも考えられた。
「もう、ぼくから何も感じないですよね、永兎さん」
「……言われてみれば……もしかして……?」
「はい。優さんと番になりました」
明は笑顔で左手を永兎に見せた。そこには優と揃いのリングが光っている。
すると永兎がテーブルの向こう側の椅子を引き、乱暴に腰掛けた。
「……兎田くんのマンションに行った時も、まさかと思ったけど……ホントに兎田くんの相手、あの冷酷社長、なの?」
「はい。それに何度も言いますが、優さんはとてもやさしい人です」
明が真剣に言うと、永兎が納得できないというような渋い顔をする。そんな永兎に明は更に言葉を繋げた。
「優さんはぼくの素性を知っても、受け入れてくれたんです。もちろん驚いてたけど、それだけで……全然家事が上達しなくても笑って見守ってくれてたし、ぼくが体調を崩した時は本気で心配してくれたし、番になることを認めてくれなかった兄を説得してくれたのも優さんなんです。そんな人だって、会社の人たちにも分かって欲しいんです」
「でも、あんな大規模にリストラして平気な顔して社長続けてるような人だよ? 今は優しくても、いずれそういう冷たいところが出て来るんじゃない?」
本当に後悔しない? と聞かれ、明が大きく頷く。
「ぼくは、一生優さんのことが大好きです」
明がそう、はっきりと口にしたその時だった。後ろから突然口を手で塞がれ、明が驚いて固まる。
「そこまでにしなさい、兎田くん」
そんな声が降ってきて、明が声のする方を見上げると、そこには少し頬を紅潮させた優が立っていた。明が頷くと、するりと口元から手が解ける。
「すぐ……社長」
「全く……電話に出ないから、仕事を押し付け過ぎたのかと思って急いで戻ってみれば……」
そう言って優がため息を吐く。そういえば、昼休憩にここへ来る時、スマホを社長室に置いてきてしまっていた。すぐに戻る予定だったからいいかと思ってそのままにしていたのだが、その間に優から着信があったのだろう。
明はちょうどいいと思い、永兎に視線を移し、微笑んだ。
「ね、社長、優しいと思いません? ぼくの心配して急いでくれたんです。冷酷な人にこんなことできないです」
明が強くそう言うと、永兎は複雑な顔をして、そうだね、と答えた。そんな二人を見ていた優がため息を吐いて、明の腕を取る。
「食事が終わったのなら、仕事に戻るよ」
優が明を立たせる。もう一方では空になった皿が載ったトレーを掴み上げた。
「戻してくる。少し待っていなさい」
優は言うと、自然に返却口へと歩き出した。その背中を見つめ、明は笑顔になる。
「ほら、やっぱり優しいと思いませんか?」
「……とりあえず、兎田くんを溺愛してることは分かったよ」
永兎に呆れた顔で言われ、明は少し不満だったが、優にすぐに呼ばれ、その場を離れた。
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