恋するうさぎが溺愛社長と番った後は

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「あいつと何を話していた?」  社長室に戻るその道すがら、優はそう聞いた。あれだけ怯えていた永兎と一緒に居たのだ、心配されて当然だった。 「えっと……優さんがどれだけ優しいかって話をしてました」 「俺は今のままでいいと、何度も言ったはずだよ。それに他の者には明が思うほど優しくは出来ないよ」  優はそう言いながら社長室のドアを開け、先に明を通す。素直に中に入ると、狐高がいつもの席で仕事をしていた。 「兎田くん、スマホは常に携帯してください」  視線を合わせることなくそう言われ、明は、はい、と項垂れる。 「……まあでも、思ったよりも仕事が進んでました。後は私が……」  狐高がそこまで言った時だった。狐高、と優が声を掛ける。狐高は弾かれたように顔を上げた。こんな時、まだ狐高は優に心を寄せているのだと再確認してしまい、明は複雑な気持ちになる。  ただ黙って二人の様子を見ていると、優はスーツのポケットから紙きれを取り出した。 「狐高も休憩してきなさい。会合中、ずっとロビーで仕事してたんだろ?」  レストランで昼食にしておいでって言ったのに、と優が小さくため息を吐く。 「え、あの……」 「狐高の好きなたぬきそば。トッピングに温玉」  優が差し出していたのは社員食堂の食券だった。狐高は立ち上がり、おずおずとそれを受け取る。 「食堂が閉まる前に行ってきなさい。俺と兎田くんで先に仕事してるから」 「……では、お言葉に甘えて、少しだけ」 「ああ。ゆっくり休んで来い」  優が言うと、狐高は、はい、と頷いてから、でも、と言葉を続けた。 「もう温玉は必要ないです。今回は頂いてきますが」 「……そうか。分かったよ」 狐高は優に頷くと、そのまま社長室を後にした。 「狐高さん、きつねなのに、たぬきそばが好きなんですか?」  狐高が出ていき、優と二人になってから明がそう聞いた。優はそれに、何か思い出したらしく、少し笑ってから、そうだよ、と答えた。 「以前外で食事をした時に、苗字に狐とついてるのにきつねうどんは食べないんだなって冗談で言ったら、共食いのようで嫌なんです、あと嫌いな狸が居るので、と言ってて……温玉は最近乗せるようになったらしい」  優は話しながら自分のデスクに近づき、椅子に腰掛けた。そのまま仕事を始めるのだろう。 「突然たまご好きになったんでしょうか?」  明も優に倣い、自分の席に戻る。 「いや、それは……明、君のことだと思うよ」 「……え?」 「卵はよく、『月見』って言うだろ? 月にはうさぎが住んでるって聞いたことない?」 「……あ!」  嫌いなたぬきが居るからたぬきそばを食べると言う人だ。明も充分に嫌われていたのだから、卵を明に見立て、噛り付くことでストレスを紛らわせていたのかもしれない。 「まあ、でももう要らないって言ってたし、それなりに明のことを認めてるのだろうな」 「だったら嬉しいです。狐高さんも、社長が優しくてカッコよくて素敵な人だって知ってるから、きっとぼくと一緒に社長の素晴らしさを伝えてくれると思ってたんです。狐高さんが戻ってきたらその話しよう」  そうしよう、と明が微笑むと、優は呆れたように明を見ていた。 「何か、だめ、ですか?」 「いや……このパワーに狐高も引っ張られるんだろうなって思っただけだ」  そう言って優は微笑むと、目の前のパソコン画面に向き合った。明は首を傾げたが、それを見て自分も慌てて仕事に向き合う。それでもやっぱりちゃんと伝えておかなきゃと思って、明は立ち上がって優の傍に立った。優がそんな明を見上げる。 「ぼく、優さんのことが大好きです。大好きな人が誤解されて嫌われてるのはやっぱり嫌です」 「そうだな……その気持ちは分かるよ」  そう言うと、優は椅子ごとこちらを向き、明の腰に腕を廻して抱き寄せた。 「でも……俺はもう、明に救われてるから、これ以上は望まない。無茶や無理はしないで欲しい」  明の胸に顔を埋め、甘えるように言う優がなんだか可愛く見えて、明は少し微笑んでから、はい、と答えた。 「きっと、狐高さんが協力してくれます。あの人、きっとそういう計画立てるの、とても上手だと思うんです」 「まあ、確かに」  優が顔を上げ、こちらを見つめる。明は、ですよね、と笑った。 「でも……俺は、明が傍に居てくれるだけで充分だから」  そう言うと優がそっと腕を更に引き寄せた。バランスを崩した明が椅子の座面に膝をつき、優と同じ視線の高さになる。 「愛してるよ、明」 「ぼくもです、優さん」  お互いに吸い寄せられるようにキスをする。互いの唇をついばんで、出した舌を舐め合い、蕩けた舌を絡めた、その時だった。  バタン、と扉の音が響いて、明は驚いてドアに視線を向ける。 「……お二人とも、ここがどこか、ご存じですか?」  そこに立っていたのはとても不機嫌な顔の狐高だった。 「……早かったな、狐高」 「そば一つ食べるだけで、どれだけ時間が掛かると思ってるんですか」  言いながら狐高はこちらに近づく。まだ明を抱きしめたままの優を見て、狐高はため息を吐く。 「社長、まずは兎田くんを解放してください。それと、ここは職場だと何度言えば、二人は分かってくださるんですか」 「いや……すまない。つい……」  優は眉を下げ、明のキスで濡れた唇を指で拭ってから、そっとその体を離した。 「ついって……。前言撤回します。私はまだ温玉が必要です。なんなら毎食食べたいくらいです」  そう言うと、狐高はきびすを返し、自分の席へと戻っていった。それを見ていた優が、ふふ、と笑い出す。そして、明を見上げた。 「だそうだよ。例のこと、話すのか?」 「……今は止めて、狐高さんの食事から卵が消えた時にします」  明がそう言うと、賢明だな、と優が頷く。それから明の腕を引く。 「続きは家で、な」  優はそれだけ言うと、すぐに仕事を始めた。その途端、優の顔は仕事モードに切り替わった。なのに、耳元で言われた言葉に明は顔を赤くしたままだ。そんな明と狐高の目が合う。 「兎田くん」 「は、はい! すぐ仕事に戻ります!」  慌てて狐高の隣の席に戻ると、狐高がため息を吐いた。 「……先ほど食堂で永兎に会いました。あなたを犯そうとした相手に会って、あまつさえ、本当の社長をみんなに知って欲しい、なんて言ったそうですね」  優には聞こえない程度の声で狐高が言う。明は同じ声量で、でも、と返した。 「もう永兎さんはぼくを襲うつもりないみたいですし……社長は冷酷じゃないって、分かって欲しくて」  明が言うと、狐高は少し考えてから、口を開いた。 「……分かりました。それに関しては私も思っていたことです。あなたは、バカですからね。私が段取りをしましょう」  狐高の言葉に明が、え、と驚く。 「あ、いや、バカというのは言葉の綾で……」 「じゃなくて! 段取りしてくれるって……ありがとうございます!」  大きな声で答えてしまい、優がこちらに気付いて、怪訝な顔をする。 「なんだ、狐高。俺には明といちゃつくなって言っておきながら、自分はいいのか?」 「いえ! 決してそんなことでは……! と、とにかくその話は一度預かりますよ、兎田くん」 「はい!」  明が大きく返事をすると、うるさいです、と狐高がぴしゃりと言う。  それでも明は、強い味方を得たような気持ちになって、嬉しくて微笑む。 誰より優しくて誰よりカッコいい優をきっとみんな分かってくれる日が来る――仕事をする凛々しい優の姿に見蕩れながら、明はこれから訪れるだろう明るい未来に思いを馳せながら自分も仕事に戻っていった。
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