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ニュースを見る度に燕斗の名前がないかを確認しては、同世代の男の死体が発見されることなく終えるニュースを見てはほっと息をつく。
そんな朝にも慣れ始めていた頃、外はすっかり暖かくなっていた。
サダから貰ったマフラーが使えなくなるのは名残惜しくてギリギリまで粘っていたが、「流石に暑いだろ」とサダに笑われ、渋々部屋に飾ることとなる。
二年生最後の春休み。この休みが終われば俺たちは三年生になる。
三年になったら今までのように遊んでばかりではいられなくなると思うと逃げ出したくもなったが、サダとの夢のためにも受験勉強と向き合うことを選んだ。
だから春休み、春休みの間は今までのように過ごそう――そうサダは提案した。
それはサダなりの気遣いだったのかもしれない。そんなサダの言葉に俺は尻尾を振って喜ぶのだった。
どこか旅行にでも行こうか。高校生だけで泊まれる旅館とかあるのか。遊園地にも行きたいだとか、帰り道に立ち寄った喫茶店で調べながらそんなことを話してた。
そして親へ相談した結果、あまり遠くないところならいいとお許しも貰えた。
幸い、サダがうちの親に連絡したときからうちの親はサダのことを気に入ってるようだ。サダがうちに遊びに来る度に「遠をよろしくお願いね」なんて言い出す親がひたすら恥ずかしくて、俺は毎回サダを引っ張って行ってた。
「サダ君がいるなら安心だな」なんて呑気に笑う両親に俺のことをなんだと思ってるんだと思いつつも、サダが褒められる度に誇らしくなる自分もいるのも事実だ。
「けど、あの子ってなんだかあの子に似てるわよね。ほら、燕斗君――」
「全然違うし。……てか、似てない。一緒にしないでよ。あと、サダの前でそれ言うなよ」
「はいはい。……思春期かしら」
違うし、と口の中で呟き、俺は旅行バッグのチェックをするために部屋へと戻る。
春休み一日目から二泊三日、サダとプチ旅行へと行けることになった俺。終業式が終わったあと、そのまま一回家に帰って着替えたあと再び駅で落ち合うことになってる。
お互いの怪我もすっかり見えなくなっていた。
そんなことはないと分かってても、二泊三日、サダと同じ部屋に行くとなると改めて意識してしまう自分もいた。
「……いや、別に、俺とサダはそんなんじゃないし……」
体だけの薄っぺらい関係ではないのだ、と慌てて思考を振り払ってはそのままぼすんとサダからもらったマフラーに顔を埋める。
……それに、また拒否されたらと思うと恐ろしくもあった。
あれから、俺とサダの間にあいつらの話題が出ることはなかった。あの日のこともサダは触れてこない。
サダが触れたくないというのも当たり前だし、普通だと思う。顔の傷が癒えたからといって全てがなかったことになるわけではない。
そう考えると、サダとそんなことを考えてしまってる自分がやはり異常なのではないかと恐ろしくなった。
腹の奥がじぐじぐと疼き出す。嫌な感覚だ。
「……寝よ」
それはそれを見なかったことにし、そのままマフラーを抱いたままベッドへと潜り込んだ。
けれど、目を閉じても乱暴に体を開かれる感触が蘇るばかりで。結局、全身の熱を落ち着かせるのに大分時間がかかってしまった。
ようやく眠りについたときには既に朝になりかけていた。
そして、二年生最後の終業式を終える。
俺たちは一度家に帰ることになった。心配だからというサダに家まで送られ、そこから帰るサダを見送る。それからすぐ、俺は階段を上がって前日に用意していた荷物を取りに行く。
大きな荷物を抱えたまま、俺は親まで駅へと送ってもらうことになった。
新幹線の予約した席もしっかり確認し、何度も時刻表も確認した。ぽかぽかとした陽気の下、俺はサダがやってくる間ずっと携帯端末を確認してた。
荷物は重たいがちっとも苦ではない。友達と二人で、それも新幹線に乗るのも初めてだったから楽しみだ。慣れない環境に体調崩さないために用意した薬もあるし、あとはサダが来るのを待つだけだ。
そう浮足立つ心を落ち着かせながら、俺はサダからメッセージがきてないかそわそわしながら何度も確認をする。が、サダからは昨夜以降のメッセージはきてない。
予定していた待ち合わせ時間になっても、サダはこなかった。
もしかして俺は待ち合わせ場所を間違えたのだろうかとメッセージを遡るが、間違っていない。車が混んでるとか、運悪く赤信号に引っかかってる可能性もある。もう少し待って、それから連絡しよう。
そう決めて五分、十分が経つ。余裕持って早めに待ち合わせしたが、これ以上は新幹線に乗るのもギリギリになる。
心配になってサダに連絡入れたが、サダから返信が返ってくることも、既読がつくこともなかった。
「……」
何かあったのだろうか。不安になり、今すぐサダの家に行こうと思ったが入れ違いになってしまうことが一番怖かった。
もう少し、もう少しだけ……待とう。
そう自分に言い聞かせる。頭の上からぽつぽつと雨粒が落ちてきて、次第に空は黒く染まっていく。生暖かくじっとりとした蒸した空気の中、俺は傘を取り出すことも忘れてその場に座り込んだ。
時計を確認するのも怖かった。予約していた新幹線は、とっくに乗り遅れている。
せめて電車を乗り継げば、いくつか周る予定だった場所を削ればホテルにチェックインは間に合うはずだ。
そんなことをぐるぐると考えてる内に胸が苦しくなる。
サダ。大丈夫、だよな。事故とか遭ったんじゃないよな。……なあ、サダ。
悪い思考ばかりが過る。まだらだった雨も次第に量を増し、降り注ぐ雨をただ見つめることしかできなかった。そんな俺の頭の上、傘が差し出された。咄嗟に顔を上げ、俺は凍り付いた。
「なんだ、お前まだこんなところにいたのか」
「さん、と」
「サダなら来ねえよ」
最後に会ったときよりも暗くなった髪色だとか、増えたピアスだとか、そんなことに気にしてる場合ではなかった。
なぜこいつがここにいるのか、なぜ俺がサダと待ち合わせていることを知ってるのか。
その理由を考えることを、脳が拒否している。
「……っサダに、なんかしたのか?」
「なんかってなんだよ、相変わらずふわふわしてんな」
「ふ、ざけ……っ、んぐ……っ! ぉ゛……っ!」
掴みかかろうとした瞬間、腹にのめり込む栄都の拳に胃の中に溜まっていた朝食が迫り上がってくる。そのまま蹌踉めく俺の体を抱きかかえ、栄都は笑った。
「……言っとくけど、俺からは別になんもしてねえよ。ただ、やられたからやり返したってだけだな」
遠のく意識の中、栄都の声が落ちてくる。
どういう意味だよ、それ。そう聞き返すことはとうとうできないまま、俺は意識の底へと放り出されるのだ。
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